中部大学通信「ウプト」189号
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13「人文学部・応用生物学部編」卒業生が語る大学への思いシリーズ特集●中部大学に進学した理由は? 当時、アナウンサーに憧れていて、学内にスタジオが完備されている大学は全国でも少なく、その中で地元にある中部大学に魅力を感じたからです。●印象に残っている大学の思い出は? 1期生ということで、手探りながらも思いつくアイデアをすぐに行動に移すことができました。でも、先輩がいなかったのでテスト対策には苦労しましたね。●大学生活を通じて自分が一番学んだことは? 高校までとは違って、受け身でいては何も始まらないことを学びました。中部大学は熱意のある学生の意見に耳を傾けてくれる環境にあると思います。●いつも心掛けていることはありますか? 新卒の社員や後輩に何かを教えるときは、自分が率先して行い、背中を見て覚えてもらえるように心掛けています。「不言実行、あてになる人間」を私なりに捉えて実行しています。●人生の分岐点となった出来事は? アナウンスゼミでは春日井CATVやCBCラジオのCMなど出演させていただきました。一番印象に残っているのは中部大学音楽祭の司会です。大勢の観客の皆様の前で司会進行をさせていただきました。そのおかげで度胸と自信がつき、愛知万博という大舞台でのナレーションアテンダントに見事合格することができました。【取材】歴史地理学科4年今井直哉【取材】環境生物科学科4年木戸千陽●当時の大学の様子は? 10・50・51・53・55・70・71・72号館が無く、人文学部も3学科しかありませんでした。英語英米文化学科は人数は少なかったけれど雰囲気は自由で「リトルアメリカ」みたいな感じでした。ギター・スケートボード・タバコがアイテムでしたね。●印象に残っている授業や先生は? パセオ※の授業が一番印象深かったです。工業高校出身だったので、1年生の時は全部英語での授業は無理だと思っていました。でも1年間頑張ってやり遂げたことは自信になったし、学科を越えた友達もできました。当時の履修申告は紙での提出で、パセオは人気で早い者勝ちだったので、スクールバスの始発より早く登校して並びました。当時は単位が取れなかったにもかかわらず常に満員状態でした。●職員になってからの中部大学の印象は? 学生の雰囲気は明るく当時と変わらないと感じています。中部大学の良いところの1つは、卒業生が気軽に立ち寄れる場所になっていることです。●今後の中部大学への希望 国際交流で言うと、やはり英語。大学のイメージの中に「国際的に通用する人が育つ」を入れたいですね。音楽祭で司会をする本人。オハイオ大学大学院に留学中、ケスラー先生の家で。左端が本人。※パセオ(PASEO:Preparation for Academic Study in English Overseas)●在学生に向けて 大学生活の間に社会人と多く触れ合う機会を作って、自分に合うものを見つけ出し、それにチャレンジしてください。思い立ったが吉日です!●印象に残っている思い出は? 1期生だったので、入学してすぐは何をしていいのか分からず、手探り状態でした。逆に1期生だったからこそ、次に入学してきた後輩と仲良くできました。学部の先生からは叱咤激励……いや、叱咤の方が多かったですね(笑)。また、30号館は実験機器や器具が充実していて、どれも新品だったのも印象的でした。●応用生物化学科に進学した理由は? 生物が好きで、理系の大学に進学したいと思っていました。ちょうど自分の卒業するタイミングで中部大学応用生物学部が1期生を募集していたので、トライしてみよう!と受験した結果、合格できました。株式会社ディー・エヌ・エー勤務杉山 千春さん平成13年度 人文学部コミュニケーション学科卒業平成15年度 大学院国際関係学研究科 国際関係学専攻博士前期課程修了国際交流センター事務員鹿島 崇司 平成15年度 人文学部英語英米文化学科卒業 2006(平成18)年 オハイオ大学大学院 国際開発学専攻修了しった

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