幸友21
34/44

 私は1934年、日本の統治下にあった台湾で生まれました。そして1959年に早稲田大学に入学するため来日したのですが、来て早々、台湾と日本との違いを目の当たりにすることになります。その一つが教育でした。私が志望した第一文学部英文科の留学生枠では入学にあたって筆記試験が課され、その中に論文形式の英文問題がありました。私はそれまで論文を読んだことがなかったため、内容を理解することができず翻訳が進まなかったのです。結果的には試験を突破しましたが、この経験でよく分かったのが、日本人学生の大学受験時の英語レベルが非常に高いこと。しかし試験で良い点を取っても、実際に英語でコミュニケーションが取れるかというと全く使い物になりません。そればかりか、大学入学後から英語力はどんどん落ちていきます。それは、受験のための勉強しかしてこなかったからです。言語はあるレベルまで達していれば10年、20年使わなくても、いざ必要な時にスラスラと出てきます。ところが中途半端な勉強では、定着することはありません。私が日本の英語教育に必要だと思うのは、「読解力」だと思っています。私自身、早稲田大学で学んだ後に20年以上にわたって母校で非常勤講師として英語教育に携わりましたが、その際に重要視したのがまさに「読解力」です。英語を読むことを通じて読解力を訓練する。その繰り返しによって一生使える英語が身につきます。だから今の子どもたちには、読解力を磨いてほしいと切に願うのです。 日本で暮らし始めて60年近くが経っていることから、私はアウトサイダーでありながらインサイダーの視点も持ち合わせています。一党独裁の台湾から来日し、日本という自由な国で暮らすうちに目が覚め、いろいろと比較するうちに物事が見えるようになったのです。広く観察ができる、比較ができるというのは人間にとって大切なこと。それなのに現代社会では、関心も持たず、比較することもせず、永遠に物事が見えない人が多すぎるのではないでしょアウトサイダーから見た日本台湾を愛し、日本を愛する評論家 きん びれい金 美齢氏講師中部大学幸友会設立30周年記念講演会講演ダイジェスト 日時:2018年4月25日(水)16時50分〜会場:名古屋東急ホテル3階日本の教育の盲点。広く観察し、比較することの大切さ。33

元のページ  ../index.html#34

このブックを見る