幸友17
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 冬枯れの二月、名古屋北部の郊外の町を歩いた。田圃の中に背の高い集合住宅、マンションのような建物がニョッキと立っていた(図1)。ここに棲む人びとは、毎朝、ベランダから枯野を見下しながら目覚めるのだろう。やがて、田打ち(耕作の準備)がはじまり、田に水が入り田植えがはじまる。一面が青田になる。昔、60〜70年前にはあぜ道から地平線にそって青田をながめたものであったが、今、ここで棲む人びとは天空から田圃を見下すだろう。 都会の高層ビルに慣れてしまった私たちは、20〜30階をエレベーターで上下するのは平気になってしまったけれど、以前は何か物体が起重機(クレーン)で上下するようで、息がつまる心地がした。 大正末期、今和次郎さんたちが『考現学採集』書の中で郊外生活の観察をしている。たとえば東京・世田谷の高円寺辺りの商店街・住宅のかたち・通行人などを見て歩いた事物を報告していて、雑ぱくながら興味深い(「郊外風俗雑景」)。そのひとつ、通勤電車内の乗客の身形・持ち物・しぐさ調べがある(図2)。早朝で乗客はまばらだが、男の洋服姿が多く、和装は少ない。新聞を読んでいる人が目立っている。 書中の解説では—車内ですし詰めにされ、キチンと決まった時間に運ばれてゆき、夕方また運び返される(中略)。仕方なく新聞を読む。勤め人はみじめです…と。都会へ出て働き、郊外の住宅で棲む。その途中を電車が結びつけている。ちょうど同じ頃に、科学者・寺田寅彦さんは満員電車の客は不愉快な表情の人が多いが、それにくらべ、銭湯の客は気持良さそうな人が多いと言っている(「電車と風呂」1920年・記)。 私は太平洋戦争後であったが、通勤電車と乗合バスを経験している。蒸し暑い夏でも、エアコンなしの図1 田圃の中に高層住宅がある光景(2014年2月)A.集合住宅B.高層の集合住宅C.駐車場D.枯れた茅がある風景E.電柱F.避雷針郊外シンフォニーの可能性岡本信也text by Shinya Okamoto満員電車にゆられて図2 通勤電車の乗客(『考現学採集』郊外風俗雑景の中から引用・整理したもの・引用者岡本)8たんぼこんみなり・・・17

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