幸友16
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種喫茶店の集合だったらしい)…キッサ、キッサ、キッサである。と堀田善衛さんが『現代怪談集』(1958年刊)の昭和33年当時の中で書いている。私も見覚えがあるが、同伴喫茶では男女カップル(アベックと呼ぶ)で2人用の椅子に腰かけ、コーヒーを飲むというもの。戦後のアメリカ式民主主義、自由恋愛の風潮の中で登場した。近頃の婚活みたいなものかナ。うたごえ喫茶は歌好きな仲間同士が合唱する…カラオケ喫茶の先駆けみたいなものですねェ。さまざまな欲望を掻き立てるようなキッサ空間が仕組まれて行ったのである。 1988年にはオープンカフェが出現する。ウエーター(給仕人)がなく、セルフサービスの喫茶店で、コーヒーのおつまみ(ピーナッツなど)もなくて、旧来の喫茶店の半額くらいな値段で売る。天気のよい日は窓やドアを開け放って、道端にテーブルと椅子を置く喫茶店である(図B)。シンプルで解放感あふれる店が街角にでき、大ブームとなった。 あれから25年、オープンカフェは今も健在であるが、旧来の喫茶店も姿を変え、にぎやかである。特徴的はモーニングタイムの人混み。平日の午前中からコーヒーやパンを食べながら、雑談する人びと。コーヒー1杯を注文して延々としゃべっている人がいたり、週刊誌や新聞、ケータイやスマホに熱中する人たち。高齢者や主婦ばかりではない。平日の朝から仕事をしているはずの人びとがいる。モーニングタイムは老人の目覚ましのみではないのである。 このようなキッサ空間をながめていると、二つの型がある。(図C)ひとつは2人以上、複数の客がいるテーブル。仕事の話や職場の愚痴をしゃべる人、スーパーや買い物の値段を話す主婦、マスコミ情報をタネにしておしゃべりする人、喰い物、株の値上り、旅行、家族の悩み、病院の薬…雑多な話が飛び交い、店内が騒然となる。さらに店員の「いらっしゃいませー」の怒声?茶碗や盆、テーブルがぶつかる物音で、ますます騒々しくなる。 もうひとつの型は、1人でいるテーブル。新聞を読んだり、ケータイ、ゲームを見たり、タバコを吸ったり、中には化粧したり、髪を梳かしたりする女性、ノートにメモ、パソコンを見たりする男性がいる。この静寂スタイルは耳障りではないけれども、人はさまざまな行動をし、ジッとすることができない動物である。観察する私自身が疲れてしまう。 英文学の吉田健一さんが、パリのカフェについて語っている。カフェは名目はコーヒーを売る店であるが、何もしないでぶらぶらするための場所であると…(『甘酸っぱい味』初出1957年)。この話は昭和32年だから現在のフランスのカフェは、何もしないでぶらぶらできないかもしれない。それにくらべて、日本人のキッサ空間は今も昔も落着きがないように思われる。喫茶店の中でもスマホを見て、地下鉄のプラットホームでもスマホ、交通信号機が青になってもスマホを見ている人びと。 たまには、カフェで隠居した気分になるのも命の洗濯になるような気がする。と吉田さんが言っているが、わが日本の老人諸兄はむつかしいようである。喫茶店は今朝も、相変わらず騒々しい。こんかつ図C 談笑する4人の女性。片隅でケータイを見ている1人の男性(名古屋駅で作図・岡本靖子)図B オープンカフェが流行。窓やドアを開け放し、道端に椅子を出してコーヒーを飲ませる喫茶店(名古屋市中区で作図・岡本靖子)18

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