中部大学教育研究20
89/168

知れないとしている。AIによる機械翻訳の時代においては、それを使いこなす能力が求められるだけでなく、機械翻訳を利用することでもたらされる余裕を、議論自体への集中やAIが不得手な部分に振り向けることで、コミュニケーションの質を向上させることが目指せるというのである。5.5小括ここまでインバウンドツーリズム関連業種への就職を目指す学生のキャリア意識の形成と涵養に資するような教育内容を構想し準備するには何が求められるのかについて、先行研究や参考資料をもとに考察してきた。本章のまとめとしては以下の通りである。①今後さらに進化して行くであろうAIによる機械翻訳の有用性について十分な理解をすべきである。②AIによる機械翻訳には限界があることを踏まえて、それを補い、使いこなす能力を身につけるべきである。また、③機械翻訳を利用することによってもたらされる「余裕」を、議論への集中やさらに多様な外国語コミュニケーションが可能になるよう振り向けるべきである。実際には、機械翻訳機を授業に導入しつつ、場面ごとの「想定会話集」レベルの表現や語彙の学修と、機械翻訳を補い、誤訳吐出時に必要な修正ができるような文法力の養成を図りながら、中国人客の購買心理、行動様式などといった言語使用場面に求められる文化的背景の理解に必要な知識の修得ができるような授業内容にすることである。また、教室で学んだ知識を確認して身に付けられるような現場体験を組み込むことも考えられよう。外国語学習の目的は、他者の視点で物事を見る姿勢を涵養することにある。中国語の運用能力を学習到達目標に掲げ、それを達成するための知識と体験を授業内容に落とし込むことが必要であることは言うまでもないが、それとともに有用で頼りになるレベルの機械翻訳技術がもたらす新たな時代に対応可能な職業人材の育成も肝要である。今回は理念的な議論に終始してしまい、具体的な教育プログラム案を提案するまでには至らなかった。これについては継続課題としたい。6インバウンドツーリズムへの活用を目的とした英語教育6.1外国人訪問者対応のための英語教育プログラム開発次に、インバウンドツーリズム業種での就業を視野に入れた英語教育の可能性について検討したい。筆者の一人であるヒガは、特に世界の「コミュニケーションの主役」である英語と、非英語圏からの観光客が、「頼みの綱」とする言語としての英語の、両方の側面から評価を試みた。特に本章では、インバウンドツーリズムの現場と直接関係する、以下のような英語教育の目標・目的を設定した。①英語のチラシやパンフレット、お客さまが英語で利用できる動画サイトなどのサービスに、学生や従業員を習熟させる。②一般的な用語だけでなく、「特定の分野での英語」(ESP:EnglishforSpecificPurposes)の理解へと導く。③地域の外国人向け観光サイト(例:岐阜の製紙、和紙工芸、醸造所)の紹介、情報提供、案内等ができるようにするため、その業界独特の単語や表現を英語で説明できる能力をつける。④求めに応じて英語の紹介資料を企画・制作できる人材を育成する。これらの目標を達成するため、以前ヒガが、米国のコンビニエンスストア「セブンイレブン」で働く移民労働者のためのトレーニングプログラムを開発した経験を応用した。「セブンイレブン」のプロジェクトでは、まず英語力の低い従業員の接客能力を確認するため、就業中の客とのやりとりを背後から観察し、カウンターに立つ従業員に必要とされる言語能力を解析した。そして収集された言語能力の必要性についての所見に基づき、この目的に特化した英語のカリキュラムを開発した。その時と同様に、岐阜県にあるマルカワたまり醤油と、有名な美濃和紙センターで観察調査を行なった。それを通じ、外国人訪問者に対し英語を使って必要な説明や紹介を行い、質問に対応するなどコミュニケーションのできる従業員を育成するカリキュラムを開発できるものと考えた。さらには、さまざまなインバウンド観光拠点において、学生たちの活動として英語教育プログラム開発を企画させることを想定していた。このような活動は3年次のゼミの学生にとって、大きなプラスになると思ったためである。しかし残念ながらコロナウイルスの感染が拡大したため、これらのプロジェクトの実施は延期せざるを得ない状況となった。このような就業中のやり取りをもとに組み上げる英語接客対応プログラムはきわめて実践的な試みと思われ、このような方向からインバウンドツーリズム業種対応の英語教育への一つの回答であるかもしれない。6.2会話教材の作成と異文化交流他方、筆者(ヒガ)は、さまざまなインバウンド観光拠点でよく使われる、一般的な会話のための教材を検討した。この基本的なカリキュラムには、挨拶と、会話のきっかけとして訪問者に尋ねる簡単な質問、例国際系学部におけるインバウンドツーリズム業種に対応する教育プログラムに関する考察―75―

元のページ  ../index.html#89

このブックを見る