中部大学教育研究20
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評価の視点(チェックポイント)のバリエーションと分類の共通する枠組みが、十分に明確化していない点が挙げられる。リフレクションを用いたこれまでの研究では、リフレクションの内容を、個々の教員が持つ認識上の枠組みに基づき、主観的に分類してもらう手法がよく使われている(e.g.,藤田,2010)。しかし、FD研修の受講後に見られる評価視点の短期的・長期的な変容のパターンを系統的に検討するためには、一般の大学教員がリフレクションの中で示す可能性がある評価視点のバリエーションと、共通する分類の枠組みをあらかじめ定めておく必要がある。なお、教授機能に関する既存の理論的枠組みに基づき、リフレクションの内容を研究者がトップダウン方式で分類した研究も存在する。例えば、田口他(2011)は、Engestr・m(1994)の教授の計画と分析のためのフォームを改変した「教授のデザインとリフレクションのためのワークシート」を開発している。ここでは、リフレクションの枠組みとして、意図(目標主題設定、知識伝達など)、授業形態(説明、実演など)、集団様式(一斉、グループなど)、教材(テキスト、画像など)、ツール(PPT、印刷資料など)の5種類のカテゴリーが用意されており、このカテゴリーに基づいて、教員は自らの授業を振り返る。また、中井・中島(2005)は、大学教育の現場で求められる実践手法をまとめた、米国高等教育学会による「優れた実践のための7つの原則」に基づき、日本の大学で行われてきた実践手法を整理している。よって、これらの既存のカテゴリーを、授業サロンにおけるリフレクションの分析に、そのまま用いることも可能である。しかし、近年の高等教育について考えた場合、アクティブ・ラーニング型授業の推進が急速に進められている。アクティブ・ラーニングとは、「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法」の総称であり(中央教育審議会,2012)、このような能動的な学びによって、汎用的技能・態度および、それを支える能力が育成されると考えられている。また、これらの学修観と連動して、学生の学修時間の確保についても、高等教育の重要な課題となっている(中央教育審議会,2012)。このように、高等教育でアクティブ・ラーニング型授業が求められるようになった背景には、知識を「教える」という視点から、学生が行う「学び」を促進するという視点に、教授学習パラダイムが転換したことが関係している。本学における授業サロンは、普段行われている授業内容を研修の教材にしているため、そこで生じるリフレクションの内容も、このような高等教育の潮流の影響を大きく受けると考えられる。そのため、教授から学習への転換が進展する中で、日々の授業がどのように行われ、どの方向に向けた改善が目指されているのかをより直接的に捉え得るような、新しい分類の枠組みをボトムアップ方式で検討することが望まれる。第2の限界として、これまでの研究では、FD研修や授業研究への参加直後に行ったリフレクションに基づいて受講の効果が分析されており、FD研修の長期的な影響を検討した研究がほとんど見られない点が挙げられる。しかし、芥川・澤本(2003)は、小学校の臨時採用教師のリフレクションの内容を、入職前の大学院生時代のリフレクションの内容と比較することで、授業の評価視点が教員の成長に伴って大きく変容することを示している。このような評価視点の年単位の成長が、授業サロンへの参加後も生じる可能性がある。また、沖他(2019)の研究でも、普段行っている授業内容の大きな変更は、FD研修の受講後に数年かけて生じる可能性が示唆されており、FD研修の受講が授業改善に及ぼす影響については、より長期的な視野に立った検討も必要であると考えられる。第3の限界として、これまでのリフレクション研究では、自分の授業に対するリフレクションの内容と、同僚からのピア・コンサルテーションの内容を分離して扱うことが難しかった点が挙げられる。自らの授業を教材とする授業参観型のFD研修や授業研究では、授業担当者のリフレクションと、同僚とのディスカッションが同じ場で行われることが多い。そのため、授業担当者のリフレクションの記述には、ディスカッションでの同僚の指摘も含みこまれている。しかし、本学における授業サロンでは、授業担当者のリフレクションシートへの記入と、授業参観者のコメントシートへの記入は独立して行われるため、それぞれの記述内容を分離して検討することが可能になる。授業担当者が単独で行うリフレクションでは、客観的な視点の不足から十分な授業改善効果が得られないという指摘もあり(e.g.,今野他,2009)、授業担当者の授業改善にピア・コンサルテーションが及ぼす独自の影響を明らかにすることは、今後のFD研修のあり方を考える上で、重要な課題だといえる。3本研究の目的以上で述べたこれまでの研究の限界点を踏まえ、授業サロンを過去に受講した、3グループの教員(1グループは5名で構成)に協力を依頼し、授業サロン参加当時のグループ全員のリフレクションおよびコメントシートの内容と、授業サロン参加の1~5年後に行ったフォローアップ・インタビューの内容に基づき、以下の3点を明らかにする。(1)授業の評価視点のカテゴリー生成:大学教育のFD研修としての「授業サロン」の短期的・長期的な受講効果―17―

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