中部大学教育研究20
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同僚と小グループを作り、お互いの授業を参観し合うことで実践的な教授技術のトレーニングを行う、トレーニング提供型と授業参観型を組み合わせたFD研修である「授業サロン」で、最も安定した受講効果が見られた。このような量的アプローチによる研究を、機関レベルで行うことで、授業評価の向上に特に安定的な効果をもたらすFD研修の種類を同定できたことは、今後の研修のあり方を考える上で大きな意味を持つ。しかし、受講効果の指標として使用された学生による授業評価は、教員が授業内で明示的に示す行動の変容を測定する指標としては有効性を持つが、行動の土台となる認識面の変容を捉える上では十分とは言えない。教育心理学の分野では、対人スキルの向上を目的とした体系的なトレーニング・プログラムである「社会的スキルトレーニング(SST)」についての効果検証が行われており、トレーニング参加者の認識面の変容が、行動変容に先行して生じることが示唆されている(e.g.,原田・渡辺,2011)。よって、トレーニング・プログラムとしての性質も兼ね備えている授業サロンが、参加者にもたらす効果の全体像を理解するためには、教員の行動面に加え、認識面に生じた成長にも着目することが重要だと考えられる。そこで、本研究では、授業サロンへの参加が、授業内容や教授手法に関する教員の認識に及ぼす影響を明らかにするために、授業サロンに参加した教員が、参加当時に残した自分の授業に対するリフレクション(授業省察)を分析する。また、過去の授業サロンの参加者にフォローアップ・インタビューを行い、授業サロンの参加から数年を経て、授業内容や教授手法に関する認識および行動に、どのような変容が見られたかを検討する。これにより、授業サロンへの参加の長期的な影響を明らかにする。さらに、授業を実施した教員自身の認識と、授業を参観した同僚教員(ピア)の認識間の差異および関連性についても分析することで、授業サロンにおけるピア・コンサルテーションの役割についても併せて明らかにする。授業サロンのように「トレーニング提供型+授業参観型」FD研修の受講が、教員の授業認識にもたらす短期的・長期的影響を、ピア・コンサルテーションの内容とも比較しながら、包括的に検討した研究は数少ない。そのため、本研究の知見は、2009年度から正式スタートした授業サロンの10年間の総括の意味を持つとともに、同タイプのFD研修の受講効果を考える上でも、広く役立つ資料になることが期待される。2先行研究の整理と問題の設定大学で行われているFD研修の多くは、教員の授業内容および教授手法の改善を目的としている。そして、授業サロンのように、自らの授業を教材とすることを特徴とした授業参観型のFD研修や授業研究では、授業場面を想起し、自ら振り返り、思考過程を説明する「授業リフレクション(授業省察)」を実施することが、授業改善にとって重要であると考えられている(e.g.,今野・樋口・三石,2009;大山・田口,2013;田口・松下・半澤,2011)。これは、自らが実施した授業の経験を見直すことで、授業の改善につながる新たな認識(リフレクションの視点)が得られるためである。このように自らの授業を省察するリフレクションの効果については、初等中等教育を中心に多くの実践報告がある(e.g,芥川・澤本,2003)。また、省察を効果的に支援する手法としては、授業リフレクション研究法(澤本,1996)やカード構造化法(藤岡,1992;井上,1992)などが知られている。このうちカード構造化法については大学初任教員にも応用され、この手法によって促されたリフレクションが、授業デザインへの意識を高め、授業改善のための短・長期的な課題を発見し、フィードフォワード情報へとつながることが確認されている(大山・田口,2013)。また、高等教育機関を対象とした新しい取組としては、田口他(2011)が開発した、オーバードクター対象のプレFDで利用するリフレクションのためのワークシートがあり、FDでの運用の結果、学生の学習の観点から教授をリフレクションし、個々の教授機能を捉え直すことや、一斉講義形式の授業を相対化し、他に多様な選択肢が存在することを理解する際に有効であったことが報告されている。さらに今野他(2009)は、授業計画の改善・高度化を目的として、主に高等教育機関における授業で教員が日常の業務とともに実施可能な授業リフレクションの手法を開発した。この手法は、DoubleLoop教授設計モデルに基づき、授業計画と実施結果との差異に着目し、これを振り返るべきポイントの候補とすることで、リフレクションの作業に伴う負担の軽減を図った点に特色がある(樋口・今野・三石・郷,2008)。以上で述べたように、自らの授業を教材とする授業研究やFD研修では、リフレクションを実施することで、授業内容や教授手法についての新たな気付きが生まれ、そこから具体的な授業改善が生じる可能性が示唆されている。また、教員によって記述された振り返りシートの内容を分析することで、FD研修を受講した教員の成長を可視化できることが示されている。しかし、これまでに報告されたリフレクションを用いた研究は、FD研修の受講の効果検証を主目的とする場合、3つの点で限界があった。第1の限界として、大学教員の授業に対するリフレクションの中に現れる中部大学教育研究No.20(2020)―16―

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