中部大学教育研究20
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では、学生を能動的・主体的な学習者へと育てるために、教員は如何なることに傾注すればよいのだろうか。4学生を主体的な学習者へと育てるためにパラダイムシフトによって大学教員の使命からteachingが消失してしまったわけではない。Teachingについては、従来の在り方を省察し、学生の学びを促すように改善する必要がある。それは新たに加わった「学生の学びを支える」という使命に基づくものと考えなければならない。それはすなわち教員の使命を「学生を主体的な学習者へと育てるための営み」として見直すということにほかならない。学生の多くは大学に入学するまでに、問いと答えの間に存在する時間や距離を追体験することなく、それらを併せてセットにしたものを「大学受験に必要な知識」のパッケージとして記憶している(記憶させられている)。いつ、だれが、なぜ、そのような問いを立てたのか、その問いに対する答えに進化はあったのか、問い自身にも進化があるのか等の知的刺激に満ちた事柄を不問に付すのは、人間の知的好奇心に照らし合わせると如何にも不自然なので、「勉めて強いる」ことをしなければ成り立たない。このような学習体験を筆者は「勉強モデル」と呼ぶことにしている。高等教育機関入学後は、科目や教員によって知識を学生に伝達するためのプロセスや姿勢は異なるものの、一般的には問いと答えの間に一定の距離と、その距離を移動する時間が認められるようになる。すなわち、教員が問いを示し、学生がその問いに対する答えを考えたり、調べたりする知的活動の体験がそこには用意される。これを筆者は「学習モデル」と呼ぶことにしている。しかし多くの場合、教員によって示される問いには、辿り着くべき答えが予め設定されているため、学生は答えに至るプロセスよりは、正解に到達することを重視してしまうきらいがある。また、常に問いが教員から示されると、学生が問いとは与えられるものであると思い込んでしまう危険もある。ひとたび問いを示されると学生は答えを求めてアクティブに動き始めるが、問いを出されないと一向に動きださない(あるいは課題の提示を要求する)のは珍しい光景ではない。これでは指示待ち人間ばかりをつくることになってしまいかねない。高等教育機関において主体的・能動的な学びを体現するためには、自ら問いの種子を発掘し、それを育てながら、問いとして組み立てていく知的活動を入学後の早い段階で体験する必要がある。この体験によって、学生は問いには構造があり、問いとして成立する理由や根拠があり、他の問いと有機的に結びつくことを知るようになる。このような問いに対するリテラシーを培うことは、「勉強モデル」からの脱却を図るだけではなく、「学習モデル」に基づいた授業を受ける際にも教員が示した問いを深く読み解くことのできる姿勢を身に着けることにつながる。このような学習体験を筆者は「学問モデル」と呼ぶことにしている。「学問」とは即ち「問いを学ぶ」ことの謂いである(三浦2015,2018)。学生が獲得すべき知識の性質に鑑みて、例えば生命の危険に関わるものなど、問答無用の伝達を確実に行う必要のある科目が存在している。そのため、全ての科目における学習体験を学問モデルをベースにデザインする必要はないが、初年次に履修する共通教育科目において、大学におけるアクティブ・ラーニングを実のあるものにするためのエチュードとしてこのような学習機会を準備する必要がある。以上、学生の学びを支援するために「問い」に関するリテラシーを育てる必要性について言及した。次に考えなければならないのは、学習体験のモデルの如何にかかわらず、「何を何処まで教えるのか、さらには敢えて何を教えないという選択をするのか」ということである。先に学習パラダイムにおける教員の新たな役割を「学びを支援すること」と捉えたが、それは何も教えないということを意味するのではない。真に重要なことを、可能ならば概念として伝えるのではなく、“Change”の編集長であったTheodoreMarcheseの言葉どおり、体験を通じて獲得することができるように配慮することが必要である。そのためには何に留意すればよいのだろうか。アメリカの大学で実際にあった以下の授業風景が示唆に富むと筆者は考えている8)。哲学の教授が大きなマヨネーズの空瓶の中にゴルフボールを入れ始める。やがて瓶はゴルフボールで一杯になり、それ以上ボールが入らなくなったところで、次は小石を入れ始める。小石が入らなくなったら、今度は砂を入れる。砂が入らなくなったら、最後にコーヒーを二杯入れる。学生が教授の伝えたいことがわからず不安になったところで、教授はおもむろに話し始める。『この瓶はとても大切な人生のかけがえのない時間なのです。ゴルフボールは、その中で最も大切なものを表しています。もし、はじめに瓶の中に砂を入れて満たしてしまったら大切なゴルフボールを入れるスペースがなくなってしまいます。優先順位を間違えると人生は味気のないものになってしまうのです』概ね、このような内容の話をしたところ、「コーヒーにはどのような意味があるのでしょうか」との質問が学生から寄せられる。教授は「どんなに忙しくて時間試論学習パラダイムにおける学生とFDの関係を考える―5―

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