中部大学教育研究18
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すよりも、差異を受容することにより、真に民主的で文化的に豊かな社会が実現するという考えである。この観点に賛同し、筆者はアメリカ社会の多様性を理解させるために、アメリカ文学のコースで少数派民族出身の作家を積極的に取り上げている。この基本的な立場に加えて、筆者は作品を選ぶ際に次の四つの事柄を考慮に入れている。まず、各作品の舞台となる地域が重ならないことである。各々の作品が異なる地域を背景として、その地方の特色を伝えていることを念頭に、作品を選んでいる。次に、作品を通じてアメリカ史における重要な出来事を、時代の流れに沿って解説することを意識して教材を決めている。三番目の留意点として、取り上げる作品はすべて映画化されていることを条件にしている。最後に、ポジティブな結末を好む学生たちのために、主人公の成長物語が描かれる作品を優先して取り上げている。上記のような作品選択のための条件を考慮した上で、現在、アメリカ文学の授業で取り上げている四作品を記す。まず、最初に取り上げるのはルイザ・メイ・オルコット作の『若草物語』である。この作品は東部のニューイングランドを舞台にしている。ここではピューリタン文化に影響された主人公一家の暮らしぶりが描かれている。この作品は南北戦争の時代を背景としており、そこからアメリカの統一国家への歩みと、その自由と平等の精神を学ぶことができる。さらにヴィクトリア時代の女性像を打ち破る、行動的な少女ジョーの成長物語は受講生の共感を呼ぶものである。以上の理由から、『若草物語』をアメリカ文学で取り上げる最初の作品としている。アメリカ文学の授業で二番目に扱う作品はF・スコット・フィッツジェラルド作の『グレート・ギャツビー』である。この作品では、主人公と物語の語り手が中西部の出身であり、彼らは東部の堕落とは異なる、無垢でナイーブな中西部の精神性を示す。さらに、この作品は第一次世界大戦から1920年代の禁酒法時代のアメリカの世相、自動車やジャズなどの大衆文化を学ぶのに格好の教材である。けれども、これは主人公の成長物語とは言えない。なぜなら、主人公の野心は無残な形で挫折してしまうからだ。だが、この物語はアメリカ文学の主要なテーマである「アメリカン・ドリーム」を真正面から扱っている。その点が、この作品をアメリカ文学の授業で取り上げる一番の理由なのである。アメリカ文学の授業で三番目に取り扱う作品はアリス・ウォーカー作の『カラーパープル』である。この物語は南部のジョージア州を舞台としており、この地域の独自な風土性を描いている。前述のように、多文化主義の立場から、筆者はマイノリティ出身の作家の著作を授業に取り入れようとしているが、本作の著者ウォーカーはアフリカ系アメリカ人の女性作家である。彼女は60年代に公民権運動に参加した後、1982年に本作を発表している。作中からは当時の時代精神の影響が色濃く読み取れる。よって、本作を手がかりとして、受講生は公民権運動の現代アメリカ史に占めるインパクトを知ることになる。物語は、黒人であり、女性であるという二重の差別の下に社会の最下層に置かれた主人公が、周囲の黒人女性からの愛と友情に支えられて、差別を乗り越え成長する姿を描いている。このように、本作はアメリカにおけるマイノリティの経験を鮮明に描くもので、アメリカの多文化社会を理解するのに格好のテキストであることから、教材に採用している。アメリカ文学の授業で四番目に取り上げるのはエイミ・タン作の『ジョイ・ラック・クラブ』である。この作品で、受講生は西部という新しい地域について学ぶ。彼らは新たにアジア系アメリカ人を描く作品に接することにより、東部へ到着したヨーロッパ系の人々の移民ルートとは異なる、西部へ到着したアジア系の人たちの移民パターンを知ることになる。この物語では家庭内の異文化コミュニケーションが描かれている。移民の母とアメリカで生まれ育った娘とが、いかにして相互理解へたどり着くか。そして娘の方はいかにしてアジア系アメリカ人として肯定的なアイデンティティーを確立するか。これらが作品の主なテーマである。小説の登場人物たちと同じアジア人であり、異文化コミュニケーションを日頃から勉強している英語英米文化学科の学生にとって、本作を学ぶ意義は大きいとの判断から、筆者はこの小説をアメリカ文学の教材に加えている。以上、英語英米文化学科における「英米の文学B」でアメリカ文学を教えるにあたり、筆者がどのような考えに基づいて、どのような作品を取り上げているかについて記してきた。アメリカ文学において古典と目されるような作品は数多い。そのなかで、どの作品をもってアメリカ文学を代表する著作として、大学教育の場で教えるべきかについては、本場のアメリカのアカデミズムに端を発し、日本の高等教育の場においても様々に論議されてきた。筆者は本学の英語英米文化学科における文学科目の位置づけに鑑みて、文化を理解するための手がかりとしての文学作品という基準から、アメリカ文学の教材を選んできた。同時に、選択した作品が青年期にある受講生たちの内面的な成長を助けるものであってほしいと切に願っている。引用文献1)井上健「コトバンクキャノン」https://kotobank.jp/word/%E3%82%AD%E3%8―23―アメリカ文学:教材とする作品をどう選ぶか

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