中部大学教育研究18
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の主人公ギャツビーである。本作では、こうした歴史的背景や、ジャズ、自動車などの当時の大衆文化の描写が鮮明になされている。こうした点から、本作をアメリカ文学の授業のテキストとして採用している。『グレート・ギャツビー』もまた、一人の少年の成長物語として読むことができる。だが、ここではハッピー・エンドは待っていない。ミネソタの片田舎で、ひたすら成功を夢見て、勤勉、努力、自己啓発に努めた少年が手にしたのは闇の世界で築いた巨万の富だった。しかし、彼が何としても手に入れたかった、かつての恋人デイジーとは結ばれることはない。そして、小説はギャツビーの悲劇的な死で結末を迎える。この小説はアメリカ文学を代表する作品として、批評家の間で高い評価を受けきた。その理由は、この小説がアメリカ文学に繰り返し現れるテーマである「アメリカン・ドリーム」を扱っているからだろう。「アメリカン・ドリーム」とは、人は誰でも機会を得て、自己の能力を最大限に発揮することにより、より豊かな生活を手に入れ、幸福になれるという世界観である。ギャツビーの場合には、デイジーこそ彼の「アメリカン・ドリーム」を体現する存在だったが、彼が彼女を手に入れることは叶わない。この小説は、主人公の成長物語というより、「アメリカン・ドリーム」を追い求めた彼が挫折と破滅にいたる姿を描いている。だが、アメリカ文学の主要なテーマである「アメリカン・ドリーム」を真正面から扱っているからこそ、本作がアメリカ文学の不朽の名作と言われ、筆者も授業で採用している所以である。アメリカ文学の授業で三番目に取り上げる作品はアリス・ウォーカー作の『カラーパープル』(TheColorPurple,1982)である。これまでの二作品が東部と中西部に関わりがあるのに対し、この作品は南部のジョージア州が舞台となっている。受講生は『若草物語』で南北戦争から奴隷制度廃止までの歴史を学んでいるが、それは白人の視点からのものである。本作で、彼らは黒人の側に立ち、それ以降の南部社会を見ることになる。この小説の主人公は黒人女性のセリーである。セリーの経験する出来事の不条理性は彼女が黒人であり、さらに女性であることを抜きにしては考えられない。それを認識することこそ、アメリカ社会の多様性を理解するために不可欠だ。この確信から、筆者は本作品をアメリカ文学の授業のシラバスに加えている。歴史的な背景を見てみると、『カラーパープル』の物語は20世紀初頭の1909年から始まり、約40年にわたる歳月を舞台としている。物語の冒頭は奴隷解放からほぼ半世紀が経った頃であり、結末は第二次世界大戦終了の数年後である。講義ではこの期間の歴史にも触れるが、強調するのは50年代から60年代にかけての公民権運動を中心としたアメリカの現代史である。マーティン・ルーサー・キング牧師で有名な公民権運動は、黒人への人種差別撤廃を求めるものだったが、70年代以降も他の少数派民族出身者、女性、同性愛者などのマイノリティ解放運動へと広がっていく。『カラーパープル』の作者ウォーカー自身も60年代に活動家として公民権運動に参加した後、1982年にこの小説を発表している。作品の内容はマイノリティの解放と自立という公民権運動の趣旨に沿ったものである。このように、『カラーパープル』は現代アメリカ史で重要な意味をもつ公民権運動の思想を伝えるのに最適な作品であり、アメリカ文学の授業で取り上げるのに相応しい教材である。『カラーパープル』には、白人と黒人の階級の違いやそこから生じる人種差別、さらに白人による黒人への虐待が描かれている。だが、それよりも悲惨なのは、黒人男性が黒人女性に対して行う支配、虐待の数々である。セリーも、少女時代から義父や夫から性的虐待や言葉による虐待を受け続ける。ここで描かれるのは、マイノリティのなかにも階級制度があり、白人から差別されているマイノリティの男性は、マイノリティの女性をより低い階層に位置づけ、彼女たちを支配、虐待するという構図である。『カラーパープル』は主人公のセリーが困難に耐え、大きく成長する姿を描いている。彼女は少女の頃から周囲の男たちに「醜く、何のとりえもない」存在と言われ続けて、自身をそのようなものと認識するようになる。セリーには社会の最下層で虐待に耐え、沈黙するしか術がない。そんなセリーだが、やがて彼女は黒人女性同士の愛と友情に支えられ、長年、支配されてきた夫に自分の意見を述べ、闘う女へと変身する。さらに小説の後半では、彼女は自らの技術と才覚により経営者として経済的にも成功を収める。こうしたセリーの成長物語に対して、受講生の多くが非常に肯定的な反応を示しており、『カラーパープル』は彼らに好意的に受け入れられている。『カラーパープル』は1983年にピューリッツァー賞を受けているが、その一方で、作品中の黒人男性のステレオタイプ的な描写をめぐって、黒人の中からの批判もあった。だが、そのようなことを考慮に入れても、『カラーパープル』が公民権運動や女性解放運動などの20世紀アメリカの社会的かつ文化的に重要なムーブメントを学ぶために格好なテキストであることは間違いない。アメリカ文学の授業で四作目として取り上げるのはエイミ・タン作の『ジョイ・ラック・クラブ』(TheJoyLuckClub,1989)である。ここまでに取り扱った三作品から、学生たちは東部、中西部、南部の地域―21―アメリカ文学:教材とする作品をどう選ぶか

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