中部大学教育研究18
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解釈することに苦戦する学生が多いことである。時代が変わり、学生気質も変わったと言えばそれまでだが、映画や漫画、インターネット上の動画などは見るが、本を読まない学生が受講生の大半を占める。昔の学生のように、悩みがあったときに文学作品の主人公の生き方にその解決策を模索するということが、彼らにはないようだ。だからこそ、これから社会へ巣立っていく彼らに、少しでも小説の主人公に自分を重ねて、その苦闘と成長の跡を追体験してほしいと願っている。そういう訳で、主人公が成長を遂げる作品を、アメリカ文学の授業では意識的に選んでいるのである。4シラバス上の四作品とその選択の根拠ここまでは、アメリカ文学の授業で取り上げる作品を決める上での、キャノン形成の理論やその時代的な背景、さらに筆者の考える作品選択のための実際的な条件を述べてきた。ここからは、上述の考察に基づいて、実際にどのような作品を取り上げているのかを記す。そして、それらの作品を選んだ根拠と学生の反応についても述べていく。前述のように、アメリカ文学の授業では四作品を取り上げているのだが、学生たちが最初に学習するのはルイザ・メイ・オルコット作の『若草物語』(LittleWomen,1868)である。これは、四人姉妹の次女ジョーを主人公にして、姉妹たちが様々な経験をしながら成長していく物語で、日本でも広く親しまれている。まず、筆者が重要視する地域性が描かれているかという点であるが、この物語はアメリカに最初に入植したヨーロッパからの移民たちが築き、最も早い時期から学術文化の中心地となった東部のニューイングランドを舞台にしている。さらに、主人公の一家は敬虔なキリスト教徒であり、自身には質素な暮らしを課しながらも、困窮する隣人への慈善活動を行うなど、この作品にはこの地方に根づくピューリタン的な精神風土が描かれている。このような点から、アメリカ文学を学ぶのに『若草物語』から始めるのは相応しいと筆者は考える。さらに、『若草物語』が南北戦争を舞台にしている点も、この作品を取り扱う大きな根拠となっている。南北戦争は奴隷制度存続の賛否をめぐる争いとして有名だが、産業構造の違いから自由貿易主張の南部と保護貿易擁護の北部が対立した内戦であった。この過酷な闘いの苦難を経て、アメリカは統一国家としての体制を整え、その後の発展の礎を築く。本作品には、リンカーン大統領の有名な「人民の、人民による、人民のための政治」というゲティスバーグの演説に言及する場面もあり、アメリカが理想とする自由と平等の原則が描かれている。本作の学習を通じ、受講生は入植開始当時から南北戦争を経て統一国家となるまでのアメリカ史を俯瞰し、その建国の精神に触れることになる。この点から、『若草物語』はアメリカ文学の授業で最初に取り上げられる作品として最適だと確信する。『若草物語』は少女たちの成長を描く物語である。彼女たちが抱く夢と現実生活への不満、両親や姉妹との関係、自分の性格についての悩みなど、ここに書かれている内容は、時代と場所を越えて、今の若者たちにも共通する問題だ。それゆえ、学生たちも物語の世界へすんなりと入っていくように見える。そして、当時のヴィクトリア時代に理想とされた「家庭の天使」という女性像に反して、自分の望む生き方を追い求める主人公の生き方に憧れと共感を抱く受講生が多いことは、毎回、授業の終わりに書かせている彼らの講義内容に関するコメントから明らかである。つまり、この作品は受講生から支持されており、そのような作品を取り上げることは学生の授業への興味を高め、円滑に授業を運営する上で効果的だと筆者は考える。アメリカ文学の授業で扱う二つ目の作品はF・スコット・フィッツジェラルド作の『グレート・ギャツビー』(TheGreatGatsby,1925)である。『若草物語』が東部を舞台にしていたように、『グレート・ギャツビー』の物語も実際の出来事は東部で起こる。しかし、主人公のギャツビーや物語の語り手のニックは中西部の出身者であり、彼らは東部の人々とは異なる精神性を示す。小説の終わりで、ブキャナン夫妻はギャツビーに殺人の罪を着せたまま、良心の呵責なく軽薄な振る舞いを続ける。彼らをはじめとする東部の都市に住む金持ちの姿に、ニックは退廃の極みを見る。そして、こうした東部社会の醜悪さや道徳的な腐敗に、中西部出身者のギャツビーが「無垢」をもって挑み、敗北した姿に不条理さを痛感する。その結果、小説の結末では、ニック自身も堕落した東部の都市を去り、中西部へと帰っていく決心をする。『グレート・ギャツビー』の出版は『若草物語』の刊行から半世紀以上も後のことで、ここで描かれる東部社会も『若草物語』におけるキリスト教的道徳観に基づいた社会とは様変わりしている。『グレート・ギャツビー』ではこうした東部とは異なる、「無垢」で「ナイーブ」な中西部の精神性が描かれる。このような中西部の地域性を示すために、『グレート・ギャツビー』は格好の作品なのである。『グレート・ギャツビー』は1920年代の禁酒法時代を背景とする小説である。悪名高い禁酒法が生まれたのは、アメリカにおけるピューリタニズムが極端に走ったせいとも評されるが、一方で、酒の密造や密輸で台頭したアル・カポネのような暗黒の帝王も出現する。第一次世界大戦を経て、アメリカは好景気に沸き空前の繁栄をとげていた。そうしたなか、闇のビジネスに手を染めて大金持ちとなるのが『グレート・ギャツビー』―20―中部大学教育研究No.18(2018)

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