中部大学教育研究18
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雄がいる。渡辺は、女性、少数民族系の文学者が優遇される一方で、過去において権威とされた白人男性の文学者が否定されている事実を嘆く。渡辺は、そうした白人男性作家の例としてシンクレア・ルイスを挙げる。ルイスはアメリカの文学者として初めてノーベル文学賞を受賞したにも関わらず、アメリカ文学史のアンソロジーの代表的な著作であるTheHeathAnthologyofAmericanLiteratureにその作品が含まれていない。渡辺によれば、これはルイスの意識に見え隠れする女性蔑視、偏見のせいで、女性解放を求める識者の反発をかったためである。このことに、渡辺は異議を唱える。ルイスがノーベル文学賞を受賞した1930年の時点で、彼が国際的に評価されていた事実や、現時点からすると不徹底なものであっても社会における女性の問題へ眼を向けていた点から、アメリカ文学史の中にルイスの占める場所が当然あるべきだ、と渡辺は主張する。そしてキャノンの見直しについて、結局、これは60年代を学生として体験した世代と、それ以前の世代の世代間闘争の側面がある、と渡辺は見る。学生運動を闘ってきた世代が、学問研究の進路を決定する力と地位を得て、彼らの望む進路が「政治的に正しい」(politicallycorrect)方向へ傾くあまり、そこには「不寛容」と「脅迫」が目立つのではないか、と渡辺は危惧するのである4)。3英語英米文化学科におけるキャノンの考察ここまで述べてきたキャノンをめぐる論議を踏まえて、それでは本学の英語英米文化学科においては、どのような視点から、アメリカ文学の授業で取り上げる作品を選択すべきかを考察する。前述のように、英語英米文化学科においては、「英米の文学」はあくまでも文学作品を通して学生に英語圏の文化を理解させるのが目的の授業である。したがって、正典をめぐる論議に関しては、筆者は自ずとキャノン見直しの側に立つ。この立場はチャールズ・テイラーの主張する多文化主義に基づく。テイラーは、多文化社会では少数派民族の差異を否定して多数派の文化へ同化させることよりも、それを受容することにより、真に民主的で文化的に豊かな社会が実現すると述べる。さらに、彼は学校教育の場の重要性を説く。テイラーによれば、学校で少数民族出身者は自らの属する民族の体験を伝える作品を学び、肯定的に自己のアイデンティティーを育むとともに、多数派に属する者たちも少数派の文化への認識を高め、両者は互いへの理解を深めるという。加えて、作品の価値を測る基準も従来の伝統的な作品に用いられた尺度だけではなく、少数派民族による作品から得られる新たな基準も加わり、より重層的な価値基準が得られるとテイラーは力説する5)。筆者はこのテイラーの考えに賛同し、アメリカ文学の授業では少数派民族出身の作家の作品を積極的に取り上げている。ここまでは、キャノン形成に関する様々な観点を眺めてきたが、ここからは、それに加えて筆者が作品選びの際に考慮している事柄について言及する。アメリカ文学を教える際に、筆者がまず考えているのは、選んだ作品の背景となる地域がなるべく多岐にわたることである。現在、アメリカ文学の授業で取り扱っているのは四作品である。学生の理解度を考慮すると、これが、オリエンテーションの回と期末試験のための復習の回を含める、15週間で教えられる上限の作品数である。これらの四作品の舞台となっている地域が重ならないように、そして各々の作品がその背景とする地域の独自性を表していることを念頭に置き、筆者は作品を選んでいる。次に、アメリカ文学の授業で扱う作品で筆者が意識するのは、その教材がアメリカの歴史と関連づけて語れるかという点である。とはいえ、これはあくまでも文学の授業であり、歴史の授業ではないので、作品が必ずある歴史的出来事を背景としていなければならないということではない。しかし、作品中にアメリカ史の主要な出来事に言及できる手がかりとなる部分が含まれているかどうかを考慮した上で、筆者は作品を選んでいる。さて、ここからは実際的な観点から、筆者がアメリカ文学の授業の作品選びに際して優先させている事項について述べる。第一に、作品が映画化されているかどうかという点を、筆者は重要視している。というのも、本来ならば文学の授業であるから本を読めばいいだけなのだが、昨今の学生の読書経験のなさから、映像の力を借りざるをえないからである。したがって、アメリカ文学の授業では、取り扱うすべての作品について、映像を見せながら講義している。だが、一学期間に学ぶ作品の中から一作品については、映像を見る前でも後でも、時期は学生にまかせるが、必ず原作を読むように求めている。この場合にも、英語の原書をそのまま一冊読ませることは現実的には困難なので、日本語の翻訳版を課題図書として指定している。そして、期末試験の相応の部分を、映画を見ただけでは答えられない、原作の抜粋からの設問にあてることにより、受講生の読書を促している。さらに、アメリカ文学の授業で扱う作品は、主人公がさまざまな体験を通して葛藤しつつも精神的に成長していく作品、いわばアメリカ版の教養小説を選ぶよう筆者は心がけている。実際のところ、文学の授業を担当していて実感するのは、作品を読み、その意味を―19―アメリカ文学:教材とする作品をどう選ぶか

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