中部大学教育研究17
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と質問を書かせているが、それらのコメントや質問は素朴ではあるが、本質を突くものが多い。何よりも、どのような意見や質問が出るかによって、学生の理解度を推し量ることができる。そして、それらを吟味することにより、自明のこととして説明を省いてしまうような事柄についても、学生には説明が必要だということに気づかされるのである。ここでは、そんな学生からの質問や意見のいくつかを具体的に示すことにする。まず、履修生の中に必ず「映画の英語が聞き取れない」という嘆きとも憤りとも取れるコメントがでてくる。これは、TOEIC試験のスコア向上を目指している英語英米文化学科の学生ならではのコメントと言えるかもしれない。そこで、彼らにとって聞き取りが困難な理由として、①シェイクスピア劇の時代の英語が現代の英語とは違っていること、②台詞自体も詩として鑑賞すべき文体で書かれていること、を説明する。特に①については、「英語史」を取り扱う別の科目で、学生たちが学習するはずの事柄である。そこで、「英米の文学A」においても、学生のコメントに答える形で、このことについて言及している。そして、学生たちに上述の『ロミオとジュリエット』から抜粋したバルコニーの場面の音読練習をさせる際に、現代英語とは違う単語やその発音について、具体的に解説している。②についても、このことに言及するのに適した別の場面を例に取り上げ、解説している。次に、『ロミオとジュリエット』に関して多くの学生から出る質問に、どうして若い二人の恋人たちは親の許可なく結婚できたのかというものがある。結婚とは親類縁者や友人、仕事の関係者などに囲まれて、晴れがましく式を挙げてから始まるものだという観念を、彼らはもっているのだろう。この質問には、キリスト教の宗教的な権威が高く、その影響が絶大であった中世のヨーロッパにおいては、司祭の祝福を受けて、花婿と花嫁の二人だけで結婚するのも可能であったことを説明する。この結婚に関する疑問は、一般的に言って、宗教が日常生活に深く根付いていない現代の日本の学生にとって当然の質問かもしれない。ちなみに、ロレンス修道士とロミオは親子なのかという質問も出たりするが、それはロミオが修道士に対して「Father」と呼びかけるからである。このような質問に直面した時も、西欧文学の作品理解に必要な背景知識として、キリスト教の慣習について、その都度説明していく。このように、事前知識のなさからくる素朴な質問がある一方で、核心をつくコメントをする学生もいる。例えば、『テンペスト』の授業の際に、主人公のプロスペローについて、領地の統治を弟のアントーニオに任せたまま、自分は魔術の研究に没頭していたのに、名実ともにミラノ大公の地位を弟に奪われるや、弟を極悪人呼ばわりすることを、「調子良すぎる」という学生がいる。大変な仕事は人に押し付けて、自分は苦労せずに道楽をやり放題だったのに、弟を一方的に責めるのは「自分勝手だ」というのである。実際のところ、参考資料には、プロスペローが「善」で弟のアントーニオは「悪」だと解説してあるものが多い。だが、この学生はプロスペローを「自分勝手な人物」とする独自の見方を提出したのである。このことは、この学生が作品の単なる「あらすじ」把握の段階から、一歩進んで「登場人物の分析」まで、その理解を深めたことを示している。クラス全体の授業の進め方としても、学生の「あらすじ」理解を推し進めるのが最初の仕事だが、そこからさらに「登場人物の分析」や「主題」の議論に入っていきたい。そこで、こうした独自の解釈を示したコメントは積極的にクラスへ紹介して、プロスペローのキャラクターについて他の学生も巻き込んでのディスカッションへと導いていく。このように、作品における出来事の把握から、その解釈へと作品理解を深めていくことを目的として、授業中に配る小テストの問題についても、事実確認を問う問題だけに留めず、解釈を問う問題も若干入れている。そうした設問に答えさせつつ、その答えを学生同士で、そしてクラス全体で話し合いながら、学生たちを解釈の段階へと導いていく。5『テンペスト』で「主題」を考えさせる前述のように、「あらすじ」理解から「登場人物の分析」まで、事実把握から解釈へと学生を導いてきて、次に目指すのは「主題」の読み取りである。実際、私はこの三項目についての理解を作品ごとに深めることを、「英米の文学A」の授業目標としている。さて、「主題」を読み取る訓練をするための教材としているのが『テンペスト』である。この作品については、「英米の文学A」において義務づけている「原作を必ず一冊は読む」という課題用の作品に指定している。したがって、学生は原作と映画化作品の両方を比較しつつ、小テストの解答、抜粋場面の読み合わせ、質問やコメントの提起とそれらのディスカッション等の活動を通じて、作品理解に取り組んでいく。さて前述のように、「英米の文学A」では学生の作品理解を助けるために、原作の映画化作品を用いている。例えば、『ロミオとジュリエット』の授業では1968年に製作・公開されたフランコ・ゼフィレッリ監督による『ロミオとジュリエット』を使用している。他にもある『ロミオとジュリエット』の映画の中で、フランコ・ゼフィレッリ版を使用するのは、この映画が原作の時代背景を変えず、作品の舞台であるイタリ―71―シェイクスピアの世界への誘い

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