中部大学教育研究17
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ものだが、受講前後で生じた行動変容を実測していない点や、未受講者との比較が行われていないという点が、研究デザイン上の弱みとなっている。1.3国外におけるFDプログラムの効果検証国外において、FDプログラムの効果検証をカークパトリック・モデルのレベル3以上で行ったものとしては、米国で開発されたSEEQ(StudentEvaluationofEducationalQualityquestionnaire)と呼ばれる共通の学生による授業評価アンケートを用いたGibbs&Coffey(2004)の論文が有名である。そこでは、世界8ヵ国22大学の教員とその学生を対象に、新任教員研修を受講した教員と、未受講の統制群の教員の研修前後のSEEQ項目のスコアの変化を比較し、研修を受けた教員の方が統制群の教員に比して、教員の熱意(enthusiasm)、授業の組み立て(organization)、グループ学習の促進(groupinteraction)、受講生との親和性(individualrapport)、授業範囲(breadth)等の授業技術において統計的に有意に伸び率が高いことを確認した。この研究では、無作為化は行われていないものの統制群が設定されており、不等価統制群事前事後テストデザイン(untreatedcontrolgroupdesignwithpretestandposttest)になっている。プログラム受講効果以外の外生要因による影響を排除するためには、統制群を設置して無作為化を行った実験の実施が有効である。しかし、教育現場などで効果検証を行う場合、現実的あるいは倫理的な制約から無作為化の条件を満たせない場合が多い。このように、無作為化が行われていないタイプの実験は「準実験(quasiexperiment)」と総称され、現実場面でのプログラムの評価に幅広く用いられている。そして準実験のなかでも、統制群が存在する不等価統制群事前事後テストデザインは、先述の1群事前事後テストデザインに比べて外生要因の影響を排除しやすく、プログラムの受講効果を立証するより強い証拠を提供できるため、積極的な使用が推奨されている。なお、FDプログラムの効果をより厳密に検証する努力が続けられる中、近年では、受講の有無のみを独立変数とした単純な効果検証から、プログラムが特に効果を持つ条件の検討に関心が移りつつある。このような関心の移行は、新任教員研修を義務化したり、資格化する国が増えた結果、教員のFDプログラムの受講が常態化してきたこととも関係しているだろう。この方向性を持った研究の例としては、ヘルシンキ大学のPostareff,Lindblom-Ylanne,&Nevgi(2007)の研究が挙げられる。彼らは日本でFDと呼ばれるような教育学的訓練(pedagogicaltraining)を実施し、その訓練の種類や受講の程度によって、教員の学習者中心のアプローチや自己効力感などの得点が異なることを明らかにした。ただしこの研究は、不等価統制群事後テストデザイン(posttest-onlydesignwithnonequivalentgroups)を使用しており、従属変数の測定は受講後の1回のみである。そのため、従属変数の得点に差が見られても、受講群と統制群の間に受講前から差があった可能性を排除できない(選抜の要因)。一方、西オーストラリア大学のChalmers&Gardiner(2015)は、FDプログラムの有効性を検討したさまざまな知見をレビューし、今日では研修プログラム(teacherdevelopmentprograms)が教員と学生に肯定的な影響を与えることは一般的に合意されていると述べている。そしてさらに進んで、プログラムの受講がディシプリンと機関の文化にどの程度、どれくらいの期間影響を与え続けるのかといった研究にシフトすることの必要性を提言している。これは、FDプログラムの受講が、授業評価の向上を超えたより広範な成果をもたらす可能性に言及するものであり、効果検証研究で扱うべき評価の範囲について一石を投じるものになっている。1.4本研究の目的以上で述べたように、国内外の大学でFDプログラムの実施が盛んになるに伴い、効果検証の試みも様々な形で行われている。しかし、カークパトリック・モデルのレベル3以上に相当する評価研究を、統制群を設けて機関レベルで実施している研究は国外においても少なく、国内においてはほとんど見られない。これは、検証に必要なデータを揃えることの困難さが原因として挙げられる。しかし、中部大学ではFDプログラムの受講履歴を一括管理しており、個々の教員が受けた授業評価アンケートの結果も全学生および全教職員に公開している。そのため、受講群と統制群を設けて、機関レベルで授業評価への効果を検証することが可能な状態になっている。そこで本研究では、FDプログラム受講後に生じるカークパトリック・モデルのレベル3に該当する行動変容を、中部大学に在籍する全教員を対象に検討する。なお、レベル3以上で効果検証を行う場合、プログラム受講の効果が検出されるまでの間にある程度の時間経過が必要になる。特に、FDプログラムの受講で刺激を受けた教員が、新しい方法を徐々に授業内で取り入れた場合、授業評価得点に明確な影響が出始めるのは早くても翌年度以降になる可能性がある。このように受講の効果が直後には生じず、数年かけて累積的に強まっていく場合、従属変数の測定は受講から数年後に行うことが望ましい。しかし、先行研究の不足から、―21―FDプログラムの受講が学生による授業評価に及ぼす影響

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