中部大学教育研究17
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“自覚”が必要であることを述べている。この自覚の1つは、パラメディック自身が救急活動の基本であり、患者に最高の治療を行うために自分自身の精神面や健康の管理が十分でなければならないというものである15)。スポーツ医学の知識を生活の中に活かすことは、救急活動の基本である自分自身の確立に必要不可欠であると言えよう。また、スポーツ医学は健康を追及する学問である。この理念は、救急救命士の使命に通ずるものがある。すなわち、健康のための行動は生命を守る行動である。救急救命士の救急活動も生命を守る行動である。救急救命士の救急活動は事後対応であり、スポーツによる健康行動は予防的な事前対応であるという違いはあるものの、スポーツ医学を基盤とする健康行動と救急救命士の活動は同一線上の事象として捉えることができる。救急救命士がスポーツ医学を学ぶことは、生命を守ることに対するより深い洞察を得る契機になり、より一層洗練された救急救命士の確立を可能にすると考えられる。4米国における救急救命とスポーツ医学の関係前節において米国のパラメディックについて触れたが、ここで、スポーツ医学先進国といわれる米国におけるスポーツ医学と救急救命士の状況に目を向けてみたい。米国におけるスポーツ医学は、スポーツ活動に起因する傷害・疾病の予防・認知・治療・リハビリテーションや健康の保持増進、競技力向上のために提供される医学及び科学技術に関する領域であるとされている16)。実際のスポーツ現場では、競技指導者、チームドクター、さらにアスレティック・トレーナーからなる『スポーツ医学チーム』によって、スポーツ医学がスポーツ競技者に対して効果的に発揮されるとしている。この『スポーツ医学チーム』の周辺に存在し、必要に応じてチームに加わるべき専門家として、整形外科医・理学療法士・足病医・栄養士などに並んで救急救命士が挙げられている17)。また、スポーツ現場で競技者に対して直接スポーツ医学の提供を行うのは、先に挙げた『スポーツ医学チーム』のうち、アスレティック・トレーナーである18)。米国ではプロスポーツだけでなく大学の部活動においても全米アスレティック・トレーナー協会(NATA)公認のアスレティック・トレーナー(NATA-ATC)の帯同を義務付けており19)、準医療従事者として専門知識を有する彼らが中心となり、スポーツ競技者への医療ケアを行っている。ではこのNATA-ATCはいかなる医学的知識・技術を有しているのか。米国全体のアスレティック・トレーナーを統括する団体であるNATAはATCが果たすべき責務として5つの領域を挙げており、そこには「スポーツ傷害予防」「傷害評価」「治療・リハビリテーション」とともに「救急救命および応急処置」がある20)。また、同様にNATAはATCが持つべき最低限の知識と技術として以下の12領域を挙げている。「傷害及び疾病に対する救急処置」「測定評価」「基本的病状と障害」「健康管理」「傷害と疾病に関する栄養学」「傷害と疾病の病理学」「傷害と疾病の薬理学」「専門家としての責任」「心理学的介入および紹介」「リスク管理と傷害予防」「運動療法」「物理療法」である18)。スポーツ現場で発生する傷害・疾病はほとんどが生命の危機に直結するものではないが、ひとたび重篤な事象が発生すれば選手の生命や選手生命の危機につながる。「脳震盪」「脳損傷」「熱中症」「ショック」や「糖尿病性昏睡」「てんかん」など意識喪失や心肺停止を引き起こすもの、「大量出血」や「頸椎損傷」などである18)。これら重篤な事象には救急車を要請し、地域の救急救命士や病院と協力して対処にあたるが、救急救命士の到着より前に対応するのがNATA-ATCであり、相応の知識と技術が求められる。NATA-ATCはアメリカ赤十字社または全米心臓協会認定の心肺蘇生法、AEDおよびファーストエイドの資格保有を義務付けられており18)、2年ごとに更新されるATC資格保有期間に救急救命に関する資格の期限が切れることがあってはならないとしている19)。筆者の知るところでは、実際に多くのNATA-ATCが救急救命士と同等の資格を有し、パラメディックとしてパートタイムで救急車に乗っているATCもいるほどである。また、NATA-ATCの資格取得を目指す学生が学生レーナー(ATS)としてスポーツ現場で研修を行う際、上述した救急救命の資格取得が必須であり、少なくとも救急対応は行える状態で現場に立つことが求められる。米国と日本では法規制や制度の違いもあり、一概に比較することはできないが、スポーツ医学における救急救命が重要視されており、救急救命士が有する専門知識や技術がスポーツ医学に求められているといえる。5まとめ救急救命士養成コースのあるスポーツ医療系学科においては、別物のコースであるかのように「救急救命」と「スポーツ医学」が分けて考えられがちである。しかしながら、現代社会において、スポーツ救急医学という分野が重要になっていること、スポーツ医学から得られる知識が実際の救急活動に活用できること、スポーツ医学を学ぶことで生命を守ることに対する深い洞察を得る契機を得ることから、スポーツ医学は、救―179―救急救命士におけるスポーツ医学の意義

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