中部大学教育研究17
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理由の1つである。スタジアムやオープンスペースで開催されるスポーツイベントでの救護体制において、救急救命士(消防官)がその役割を担う6,7)。また、超高齢社会を迎えてスポーツを通じた高齢者の健康づくりの重要性が高まっていることも、スポーツ救急医学が重要視される理由の1つである。スポーツ時に生じる生体応答に対する加齢の影響は、スポーツ医学の主要なテーマである(表2)。総務省消防庁の「平成28年版救急救助の現況」によると、救急搬送人員が近年は増加傾向にあり、平成27年度の救急搬送人員については65歳以上の高齢者が約57%を占めている。高齢者が如何なる理由で搬送されたのかについての詳細は記されていないが、救急搬送の事故種別の中に運動競技があることからも、スポーツ活動と関連した高齢者の救急搬送も当然含まれていると考えられる。高齢者を対象とするスポーツ(救急)医学の知識は、救急救命士の円滑な活動の助けになると考えられる。3救急活動におけるスポーツ医学の活用救急隊員に多発する労働上の健康問題として以下のものが存在する。1つは「腰痛」である。安田8)は、救急隊員の約96%(190/210名)が救急活動中に腰部への負担を感じており、ストレッチャーの上げ下げ、階段搬送、救急車内での心肺蘇生などが負担を感じる活動であると報告している。熊倉ら9)も、過去に腰痛を経験したと回答した救急隊員が約58%(45/77名)に上ることを報告している。このため、筋力強化や疲労ストレス解消などの腰痛対策の実践が推奨されている9)。身体への負担を軽減するためには、ボディメカニクスと呼ばれる力学的原理を考慮した傷病者の搬送方法が有効であるが、ボディメカニクスの力学的原理を知っている救急隊員は少ない8)。救急隊員のもう1つの主要な健康問題に「心理的ストレス」がある。神山らは、男性消防職員を対象として、救急隊、消防隊、救助隊のストレス、勤務状況等の比較を行っている。救急隊の特徴として、イライラ感や疲労感などのストレス反応が高い、心理的な仕事の負担感が大きい、出場時間・出場関係の仕事時間が長い、食事・休憩・仮眠時間が短い、仕事の裁量度が低いなどが抽出されている10)。高いストレス反応は、心理的な仕事の負担感の大きさに起因し、この負担感は、激務かつ裁量度の低い仕事内容によるとされている。一般男性との比較においても、救急隊員は高いストレス反応を示すことが報告されている10)。また、谷垣11)によると、救急隊員の中で、睡眠時間が少ない者は慢性疲労を訴える率が高くなることも明らかになっている。ストレス反応の軽減には、睡眠時間を十分に確保することが必要である。労働に伴い生じる症状は、単に労働そのものに起因するではなく、生活要因(食事、運動、嗜好)も関連し、家庭生活や余暇を含めたライフスタイルの中で捉える必要性があると考えらえている12)。スポーツ活動は余暇活動の1つである。Ogataetal.13)は、スポーツ習慣のある大学生は、胸骨圧迫を楽に実践できることを報告している。これを、救急隊員に当てはめて考えると、生活要因としてのスポーツ習慣がある者は、職務上行う心肺蘇生による負担感を軽減できる可能性がある。ただし、Ogataetal.13)によると、胸骨圧迫は上半身を主体とした運動であることから、上半身のトレーニングをする必要があること、さらに筋力や筋量を増やすトレーニングよりも、胸骨圧迫と同じような律動的な運動で発揮できるパワーを錬成するトレーニングが必要であるとされている。また、救急救命士の睡眠時間の問題については、睡眠前の適度な運動は入眠や睡眠時間に影響を及ぼさないが、激しい運動を行った場合には入眠が遅くなり、睡眠時間が短くなるという研究結果があることから14)、睡眠時間を確保し疲労感をとるために入眠前の激しいスポーツは避けるべきである。このような、体力向上やスポーツによる身体への影響(表2)、さらには上述したボディメカニクスのような力学的原理(表1)はスポーツ医学の範疇である。スポーツ医学の学習を通して生活要因としてのスポーツの在り方が変わり、結果的に救急活動における各種症状の予防・解消につながることが考えられる。斉藤15)は、米国のパラメディック(高等救急救命士)研修を通して、パラメディックには救急活動に必要な知識・技術だけではなく、パラメディックとしての―178―中部大学教育研究No.17(2017)表2スポーツ医学が対象とするテーマ2)12321. 2. 3.

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