中部大学教育研究17
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る)は、非常勤や有期雇用のように、教育のみで研究を行わない教育専念教員、いわゆる教育専従教員(teaching-onlystaff)とは異なる機能を持つことを確立すべきで、新たな教育専念教員は優れた教育(teachingexcellence)に特化し、教育に関する学識(scholarshipofteaching、後のSoTL:ScholarshipofTeachingandLearningと呼ばれるもの)に関する研究を行うフルタイム教員とすべきだと提案している(Cowley,2008,p.282)。この考え方はその後、オーストラリアにおいてはクイーンズランド大学で、カナダにおいてはTSFとして結実していくことになった。3.2研究と教育の連関に関する議論3.1に述べたとおり、TSF制度の導入や研究重点大学、教育重点大学の設立は大学教員の理念である「教育と研究の両立」、すなわち「研究と教育の連関(research-teachingnexus)」に関する議論を呼び起こす。たとえば「優れた研究は教育に良い影響を与えるか」、あるいは逆に「教育の負担は研究の遂行に悪影響を与えるか」、さらには「教育専念教員の教育は学生の学習経験に対して良い影響を与えるか」などについて国内外で多くの調査が行われ、論考が発表されてきた。端緒はカーネギー教育振興財団の元理事長Boyerが、学識(scholarship)の再考とその実践を評価によって検証することの必要性を主張したことである。これまでの専門知識の地平を拡張するという伝統的な学識観は狭すぎるとして、従来の「発見の学識」(ScholarshipofDiscovery)のみならず、専門を超えた「統合の学識」(ScholarshipofIntegration)や現実の幅広い公共的課題への「応用の学識」(ScholarshipofApplication)、そしてそれらをより良く理解し、伝えるための「教育の学識」(ScholarshipofTeaching、後にScholorshipofTeachingandLearning:SoTL)を提唱し、研究から教育までを大学教授職の必須の学識に統合した(Boyer,1990,p.6)。しかし、イギリス政府の発行した2003年度白書"theFutureofHigherEducation"では、基本的にBoyerのフレームワークを踏まえながらも、それまでの約10年間に渡る「研究と教育の連関」に関する学術的な議論を総括して「優れた教師になるには最先端の研究を行う必要はないことは明白だ」と結論づけ(DfES,2003,p.54)、高等教育予算の拡大を含めて、研究専念教員のポストの拡大や研究重点大学への補助拡充、非研究重点大学の企業との協働の促進、優れた教育実践に対する報償や情報共有、センターの設立、さらには教育に関する新たな国家専門性基準(nationalprofessionalstandardsforteaching)の創設などを提言した(DfES,2003)。これが翌年の、教育学位のみの学位授与権を有する機関を認める2004年高等教育法(2004HEAct)につながったのである。ただし、「研究と教育の連関」に関する議論はこれで収束したわけではない。海外においては、大部分が「研究と教育の連関」を否定するものだが、たとえばJenkinsは、(教育学研究の応用の学識やSoTLを敢えて無視して)ディシプリン・ベースの研究が教育実践と学生の学習にどのように影響するかに焦点を当て、個人レベル、学科レベル、専門レベル、機関レベルや国家の研究制度、学生研究で分析をした結果、個人レベルと機関レベルにおいて優れた研究と優れた教育実践との間に関係性は認められなかったと述べている(Jenkins,2004,p.10)。また、Princeらもこれまでの文献を精査して、研究と学士課程教育の間には潜在的な相乗効果がほとんど認められないと明言するとともに、メタ分析の結果は研究の生産性が学生の教育経験を改善するという考えも支持していないと述べている。その上でPrinceらは、学生を研究のプロセスに参加させたり、学士課程教育における研究や学識モデルを拡張することが、研究に対する期待が高まっている大学においても実施可能であり、「研究と教育の連関」を有効にする手段であると指摘している(Princeetal,2007)。その後の議論では、むしろ論点を変えてBoyerの提案した「教育と学習の学識(SoTL)」をTSFや教育専念教員の研究としてとらえるか否かが議論の焦点になっていく。「研究と教育の連関」に関する議論は現在も継続中である18)。したがって本稿ではそこに深入りすることは差し控え、ここではTSF導入にかかる政策決定が、2000年代前半までに行われた議論をもとに新たな段階に入ったことを確認するにとどめる。3.3TSFのメリット(benefits)とデメリット(drawbacks)(オンタリオ調査から)「研究と教育の連関」の議論は、TSFや教育専念教員の増加に伴って、彼ら自身の、教育や学生の学習への影響と効果に議論が及んでくることになる。Vajoczkiらの報告書によると、現在のところ、TSFが学生の学習経験の質を高めることに貢献するということを立証もしくは反駁する明確な証拠はない。ただし、TSFや教育専念教員に特化したものではないが、いくつかの論考で学生授業評価など学生の主観的評価で高い結果を得る教員の授業では、辞退者が少なく、より成績が高くなり、後年学生が同様の(評価の高い)授業をとる傾向が見られる。たとえば、HoffmannとOreopoulosの調査では、ある大規模なカナダの大学において1996年から2005年にかけて40,000人もの学―9―カナダおよび先進諸国の教育専念教員の実態について

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