中部大学教育研究17
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11頁)。本務教員には有期雇用フルタイム教員も含まれていることから、実態は2007年以降、大学においてテニュアを持つ専任教員は半数程度しかいないものと思われる。この状況は他の先進諸国のTSF導入時の状況に酷似したものであると言えよう。葛城は、教育への期待が高いことが予想される、事実上、全入のボーダーフリー大学に着目して調査を行った結果、ボーダーフリー大学の教員の59.1%が、大学教授職に不可欠の理念とされる「教育と研究の両立」を困難だと感じ(葛城、2015年、100頁)、24.3%が理念そのものに否定的な意見を持っていると報告している(葛城、2016年、164頁)。理念に対して非賛成の意見を持っているのは「教育に対する関心は高いが、研究に対する関心は低い(教育偏重タイプ)」群と、逆に「研究に対する関心は高いが、教育に対する関心は低い(研究偏重タイプ)」群の両極端に分かれ、それぞれ非賛成率は42.0%、45.2%であった。教育偏重タイプでは、年齢が高いほど、最終学位が低い者ほど統計的有意に非賛成の意見が多くなり、事実上の教育専念(葛城は専従と呼んでいる)教員の意見が反映されていると述べている(葛城、2016年、165頁)。日本の大学教員の研究志向は、1992年の「カーネギー大学教授職国際調査」時点での約72%から2007年のCAP調査(ChangingAcademicProfessionプロジェクト調査)で約68%に多少減少したものの、依然高い水準に留まっているように思われるが、カーネギー調査の再分析の結果、大学区分によっては研究志向に大きな差異が認められ、国立研究大学で91.7%であるのに対し、私立一般大学では59.6%と比較的低い水準にあると言われている(江原、2003年、74頁)。有期雇用教員については前述の通り日本におけるデータ収集が極めて困難な中、小林が、文部科学省や科学技術政策研究所の全国調査をもとに、全国の大学におけるポスドクと国立大学における任期制教員を併せた任期制雇用者数に関してデータを示した。そこでは、2004年度の21,810人(うち、ポスドク:14,854人、任期制教員:6,956人)、2006年度の25,210人(うち、ポスドク:16,394人、任期制教員:8,816人)、2013年度(推定)30,194名(うち、ポスドク:16,170人、任期制教員:14,024人)と急増していることが明らかになった(小林、2015年、28頁)。また、上記全国調査にも引用されているが、2015年9月には文部科学省科学技術・学術政策研究所から大学教員の雇用状況に関する最新の調査が報告された。調査は北海道、東北、筑波、東京、早稲田、慶応義塾、東京工業、名古屋、京都、大阪、九州の主要研究大学11大学のみについてであるが、それらの大学の65歳以下の全教員を対象に調べたもので、2007年から2013年にかけて教員総数は26,518人から29,391人に増加する一方、任期なし教員は19,304人から17,876人へと1,400人以上減少し、逆に任期付き教員は7,214人から11,515人へと4,000人以上増加していることが分かった。全教員に占める任期付き教員の比率は2007年の27%から2013年の39%に増えている。これには特定の研究プロジェクトに対する外部資金を財源にした雇用の増加が背景にあり、任期付き教員の増加はポスドクなどの若手に顕著で、30歳以上35歳未満の教員の場合、任期付きは07年度の1,618人から13年度には2,493人になり、35歳以上40歳未満は1,650人から2,899人に急増している(岡本・岡本、2015年、6頁、9頁)。諸外国と同様、日本国内においても有期雇用教員は若手を中心に増加傾向にあり、研究大学においてはその多くが特定の研究プロジェクトに所属する研究専念教員と言えよう。3TSF導入にかかる主要な議論3.1大学教員の分断や伝統的な大学文化の破壊に関する懸念TSFや非常勤、有期雇用の教育専念教員の導入直後から、各国では大学教員の分断や伝統的な大学文化の破壊に関する懸念が数多く表明されている。Vajoczkiらのオンタリオ調査報告にも多くの批判論文が紹介されており、たとえば大学教員を二層に分断する環境(two-tieredfacultyenvironment)は、教育に専念する教員が機関にとってより価値が少ない第二市民(second-classcitizens)となり、研究と教育双方を行う教員がより価値があり大切であるとの認識を広めてしまうと懸念する論調を取り上げている(Vajoczkietal.,2011,p.6)。またTSF制度の導入は、これまで大学教員に当然だと考えられてきた「教育と研究の両立」の理念についても疑義を差し挟むことになる。通常世界中の多くの大学では大学教員の業務として教育、研究、サービス(社会貢献、管理運営)が挙げられ、その比率は40%(教育)、40%(研究)、20%(サービス)だと考えられてきた。しかし、TSFの導入や研究重点大学、教育重点大学の設置はこの比率が個人や機関によって異なることを許容し、大学教員の伝統的なアカデミック・プラクティスや「教育と研究の両立」の理念を破壊することにつながる。しかしCowleyは、実質的なTSFが現れる以前のオーストラリアの状況の分析のなかで、教育専念教員が非常勤や有期雇用であったことが、彼らを見下す風潮を作り出す原因であると指摘している。そのため教育専念教員(ここではTSFと同じ意味で、teaching-intensivestaffやteaching-focusedstaffと呼んでい―8―中部大学教育研究No.17(2017)

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