中部大学教育研究17
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アメリカでは現在、教授(professors)は大学労働市場で最も低額で顧客にサービスを提供する従業員として見なされているため、もともとテニュアに対する権限を付与されていないという見方が強まっている。この傾向が強まるにつれ、テニュアのフルタイムの教員職を得る機会が徐々に減少し、大学で職を得たいと考える大多数の新しいPh.D取得者は大学において搾取される階級に陥ってしまっている。Ph.D取得者の多くは、数年の非常勤職を務めた後、大学の外に異動してしまうことになる。彼らは大学入学者が増加しているにも関わらず、自らの職の将来に幻滅してしまうのである(Bellah,1997,p.24)。当時のアメリカでは、大学が入学者増に対してテニュアを新たに任命する代わりに、有期契約教員に教育負担を担わせ続けてきたと言えよう。しかし、前述のカーネギー大学教授職国際調査(1992)によると、70%かそれ以上のテニュアもしくはテニュア・トラックの教員でさえ教育(teaching)を自らの主要な業務だと答え、研究と答えたのは12~15%の教員だけであった。また、フルタイムの契約教員では3分の2が、教育を自らの中心的な業務だと答え、研究職に従事しているのはわずか8%ほどであった(Rajagopal,2004,p.67)17)。また、同調査で「あなたはどの程度自分の教える授業に満足していますか?」という問いに対して86%のアメリカの教員が肯定的に回答している。この数字は本調査の他のどの国の教員グループよりも高く、オーストラリアが77%、イギリスが76%、ブラジルが64%、ロシアが60%、ドイツが59%、そして日本が54%と続いている(Rajagopal,2004,p.64;有本・江原、1996年、68頁)。研究は一部の研究大学に委譲され、大多数の大学では教育が中心になり、また有期雇用教員を含め、テニュアやテニュア・トラックの教員もそれに違和感をもたず、むしろ肯定的に見ていたことがうかがえる。このようにアメリカでは、当時においてすらおよそ70%の教員が実質的にTSFであったと言えよう。⑤日本の事例2015年3月27日に実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議から答申された「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の在り方について(審議のまとめ)」では、現行の大学、短大、高等専門学校、専門学校の仕組みだけでは今後の専門職業人の養成に限界があるとして、諸外国と比して弱い社会人の学び直し(生涯教育)の需要喚起も含めて、実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度を提言している(実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議、2015年、2-3頁)。ここではその内容に踏み込まないが、注目すべきは、その機関の教員の資格要件として「教員の資格については、上述の新たな高等教育機関の目的に照らし、教育上の指導能力の有無に最重点を置いたものにする」、「学術研究を志向する大学に比べれば、教員の資格要件において学術研究上の業績に過度な比重を置くことは適当でない」(同上、8頁)と述べられていることである。新たな機関では、これまでの大学、短大とは異なる高等教育の機関像や教員像、すなわち諸外国の教育重点大学やTFSに類似した教員像を指向していると言えよう。国内においては、日本の大学教員に関してTSFの実態や機能、効果に着目した研究はほとんど見られない。それは基本的に大学設置基準の「第四章教員の資格」で「大学における教育を担当するにふさわしい教育上の能力を有すると認められる者」とともに「研究上の業績を有する者」が規定され、学校教育法第九十二条6で「教授は、専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の特に優れた知識、能力及び実績を有する者であつて、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する」と定められているため、学校教員統計調査でも「本務教員」と「兼務教員」の区分けでしか集計されておらず、有期雇用教員や教育担当、研究担当だけに焦点化された教員の存在を公的に抽出して議論することは困難であることが考えられる。ただし興味深いことに大学設置基準には「授業を担当しない教員(第十一条)」や「教育研究以外の業務に従事する専任教員(第十二条)」は規程されている。これらは研究専念教員や大学教育研究センター、アドミッション・センター等の教員を想定したものである。そのなかで金崎は、地方国立大学における継続的な運営交付金の減額に対し、大学の機能強化の一策として「教育に専念する教員」を配置し、最も重要な教育機能の強化を主張している(金崎、2015)。そこには教員数の少ない地方国立大学における研究と教育のジレンマが述べられているが、教員個人がともに負担する研究と教育を、教員ごとに分担した方がより効率的であるとの指摘は諸外国のTSFの導入背景に共通したものである。また、文部科学省『学校教員統計調査』(3年毎)により把握されている非常勤教員(兼務教員、各大学で重複カウント)の延べ数は2005年に専任教員(本務教員、実数)を初めて上回り、2006年にいったん下回ったものの2007年以降は継続して専任教員数を上回っているほか、専業非常勤講師比率も計算可能な1986年以降についてこの比率をみると、1986年の11.7%から2013年には26.7%に達しているという(浦田、2015年、―7―カナダおよび先進諸国の教育専念教員の実態について

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