中部大学教育研究17
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1はじめに1991年、トロント大学(UniversityofToronto:UT)では、5年任期の教育(teaching)に専念する教員を講師(tutor)、上級講師(seniortutor)と呼ばれる終身契約に変更した。いわゆるフルタイム・終身雇用で、教育に特化された教員、教育専念教員(teaching-streamfaculty:以後、カナダに限らずこのような教員をTSFと略す)の誕生である。その後しばらく時を置き、2007年にマクマスター大学(McMasterUniversity)で同様の制度が導入されると、TSFはカナダ全土で急速に普及することとなった(Vajoczkietal.,2011,p.9)。TSFとは、オンタリオ州高等教育質保証協議会(HigherEducationQualityCouncilofOntario)の定義によると、「労働協約(collectiveagreement)1)や契約の覚え書き、もしくは政策文書で規定された、teachingonly、teachingstream、teachingtrack等の呼称で呼ばれ、その業務責任が教育(teaching)や教育関連活動(teaching-relatedactivities)、教育関連研究(teaching-relatedresearch)やサービス(社会貢献・管理運営)に限られているフルタイムの教員の契約を持つ個人」を指す。労働協約ではそのような教員をテニュア・ストリーム、継続的もしくは終身雇用として扱うが、教育に専念していても、カナダでは(任期のある)契約教員や非常勤教員は本定義に含まれないことは注意を要する。TSFはフルタイムで基本的に終身雇用が保障され、近年、教授職への昇進も認められる教員であるが、依然その数は多くなく、多数を占める契約教員や非常勤教員との待遇面における差は顕著である。一方、TSFは、上記の定義にも見られるとおりその呼称は国や地域、大学によって異なる2)とともに、後述するようにその活動、業務の範囲にも一定の差異がある。しかし、アメリカやイギリス、オーストラリアをはじめ多くの海外の大学においても、呼称こそ異なれ、同様の役割を担う教員が現れ始めている。またこの動きは日本においても例外ではなく、オーストラリアやノルウェイ、デンマーク、フィンランド3)などのように、高等教育に従事する全教員にFDを義務化し、教育資格(teachingcertificate)を求める方式を模索する一方4)、2019年度に開設予定の専門職大学では、その教育資格に「教育上の指導能力の有無に最重点を置いたものとする」(実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議、2015年、―1―カナダおよび先進諸国の教育専念教員の実態について-導入の背景、特徴、課題-沖裕貴*要旨本稿では、カナダおよび世界各国の制度的な教育専念教員ならびに実質的な教育専念教員に関する実態とその導入の背景や特徴、課題についてまとめたものである。カナダをはじめ一部の国々では終身雇用で教授職への昇進を含めた教育専念教員制度が確立しており、大学内での彼らの貢献の評価は高く、彼らの自らの職位に対する満足度も極めて良好である。また、一部の国々では国としての施策には反映されていないが、教員個人や大学ごとに教育と研究のバランスを個別に調整するところも多い。これには各国とも、多様な入学者の増加と教員の負担増、公的研究費の相対的減少、研究の重視と教育効果の説明責任の拡大などの高等教育を巡る情勢の変化が背景となっている。教員団を分断し、教育と研究の両立の理念を破壊する懸念もあるが、なし崩し的に進んでいるこれらの事態に対し、新たな教員像、大学像を模索するともに、研究としての教授・学習の学識(SoTL)の認知と人事考課への反映が急がれる。キーワード教育専念、研究専念、教授・学習の学識(SoTL)*立命館大学教育開発推進機構教授/中部大学大学教育研究センター客員教授

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