中部大学教育研究16
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1はじめに国内ではここ10年余り高等教育において「学生参画(studentengagement)」1)という言葉が頻繁に語られるようになってきた。学生参画は、ジョージ・クーが教授学習を改善するために用い始めた用語である(Kuh,2003)。学生調査研究の長い歴史を持つアメリカにおいて、アレキサンダー・アスティンは「学生の大学における関与が大きくなればなるほど学生の学習と個人的な発達の量も大きくなる」とする学生関与(studentinvolvement)の概念(Astin,1984)を提示し、その後I-E-O(Input-Environment-Outcomes)モデルを提唱した(Astin,1991)。クーがそれを定量的に測定するために、大学生調査(NationalSurveyofStudentEngagement:NSSE)を開発した際に用いた用語が学生参画(studentengagement)であった。一方、イギリスにおいては、1960年代後半の大学紛争で主要な論点となった学生代表の大学運営への参加が多くの大学で実現されてきた(グリーン、1994年、ⅲ頁)。近年では学生が教授学習のみならず、大学教育の質保証や質向上、さらには大学運営にまで主体的に参加することも「学生参画」に含めることが一般的になっている。たとえば高等教育質保証機構(QualityAssuranceAgencyforHigherEducation:QAA)は、学生参画が「学生の自律的に学ぶ動機を改善」し、「質向上と質保証の過程への学生の参加が自らの教育経験の改善につながる」としてその用語の範囲を定義している(QAA,2016,p.4)。同様に、欧州高等教育質保証協会(EuropeanAssociationforQualityAssuranceinHigherEducation:ENQA)が掲げる『欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン』においても、その制定の過程で欧州全国学生連盟(TheNationalUnionsofStudentsinEurope:ESIB)が参加することが求められている。加えて、「質保証の方針と手続」に関して「質保証への学生の関与」が、「教育プログラムと学位の承認、監視、定期的レビュー」に関して「質保証活動への学生の参加」が必要とされている(大学評価・学位授与機構、2012年、7-8頁)。このように海外においては学生参画の用語が、当初の教授学習に焦点化された意味から大きく高等教育の質保証や質向上にまで拡大している一方、国内においては「学生参画型授業」や「学生参画プロジェクト」など極めて狭い教授学習において、学生が参加する、あるいは学生が能動的に関与する学習活動全般を指して「学生参画」という用語が用いられる傾向にあった。しかし、近年、FD(FacultyDevelopment)においても、学生参画がその定義やミッション・ステートメントに加えられたり2)、「学生参画型FD」という用語が一部の大学や研究者に用いられ始めている3)。また、少数の大学だが学生自治会が大学の教学政策等の意思決定に参加する事例も見られ、国内のこれらの活動や定義が、海外における拡大した学生参画にどの程度コミットするのかについて本稿では検討するとともに、日本の高等教育における学生参画の概念の再整理を試みたい。また、国内においては学生参画型FDを海外に類を見ない日本独自の概念であると捉える向きも少なくないが、イギリスの高等教育アカデミー(HigherEducationAcademy:HEA)が提案した学生連携(studentsaspartnersあるいはpartnershipwithstudents)という新たな概念との対比を通して、ピア・サポート・プログラムや学生参画型FDの活動を再検証し、国内における学生連携の事例への適合を検討したい。2拡張する学生参画2.1「学生参画」の概念の拡張HEAが2014年7月に発行した「パートナーシップを通じた参画-高等教育における教授学習のパートナーとしての学生-(Engagementthroughparnership)」の巻頭で、フィリッパ・レビは「近年、イギリス中の高等教育政策は、学生の学びにおける積極的な参画(students'activeengagement)の重要性と学生が自らの学習経験を形成し、強化する積極的な役割を果たす際に得られる利益について強調してきた。(中略)学生参画は今や高等教育界にとって中核的な目的となっ―1―中部大学教育研究№16(2016)1-12日本の高等教育における「学生参画」の概念の再整理の試み-新たな「学生連携」の概念をどう捉えるか-AnAttempttoRearrangetheConceptof"StudentEngagement"inJapaneseHigherEducation:HowWeshouldGrasptheNewConceptof"PartnershipwithStudents"沖裕貴

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