中部大学教育研究16
40/128

4.4「社会人基礎知識」のスクリーニング機能本研究の結果から、1年次に十分な単位取得ができず「社会人基礎知識」の成績が優良でない学生は、2年次以降の単位取得状況も低調であり、3年次の就職ガイダンスに積極的に参加せず、進路決定できない傾向にあることが明らかにされた。このことから、こうした学生は学業やキャリアに対する意欲が低いと考えられ、早期介入の必要がある。しかし、大学に適応していない学生はそもそも個別に認識すること自体が困難であり、教育・支援の手が届きづらい。それならば、彼らが「社会人基礎知識」を受講している場面を、教育・支援の場として位置づけることで早期介入することができるかもしれない。「社会人基礎知識」は、授業が始まった2011年度から講義型の授業形式を採用したが、キャリア形成能力を獲得するためにどのような心構えや行動が必要かを自分自身で考えて説明できる機会を提供するため、個別ワークのみならずグループワークを積極的に採用している授業もある。こうした学生参加型の授業であれば、グループワークに積極的でない学生を観察から判断することは比較的容易である。このように、早期介入が必要な学生を授業参加態度からいち早く認識し、予防的な教育・支援の手を届けることは、学校適応の観点からも、進路意思決定の観点からも非常に重要であろう。また、彼らに対して「社会人基礎知識」で教育・支援が十分に届けられなかったとしても、「社会人基礎知識」の成績と単位取得状況とを組み合わせて得られた情報によって、学業やキャリアに対する意欲の低い学生をスクリーニングできる。こうした情報を所属学科やキャリア支援課などの関係各所と共有することで、学生に対して個別できめ細やかな教育・支援も可能となるだろう。大学全入時代の到来によって、学生の多様化が進んだ昨今、彼らに対応できる柔軟な教育・支援システムの構築は喫緊の課題である。教育情報を収集・分析した結果をもとに、関係各所と連携しながら多様な学生に有効な教育・支援を検討していくことが求められる。5今後の課題本研究では、「社会人基礎知識」の長期的な教育効果を、進路意思決定の観点と学業の観点から検討した結果、1年次に単位取得が十分にできなかった学生であっても、「社会人基礎知識」の積極的な受講が進路意思決定や学業への取り組みを促すことが示された。これまで明らかにされてきたもう1つのキャリア教育科目「自己開拓」とは異なる長期的な教育効果が認められたといえよう。ただし、これが「社会人基礎知識」独自の効果であるとは言い切れない。1年次に単位取得が十分にできなかった学生の中で2年次以降に「社会人基礎知識」を積極的に受講した学生は、同時にその他の履修科目も積極的に受講していた可能性は十分に考えられる。すなわち、1年次の低調な単位取得状況を打開すべく、2年次以降学業やキャリアなど全般的な取り組みを積極的に行った結果、進路決定に至ったのかもしれない。その他にも、大学生活に関する行動、課外活動などに積極的な参加をしていた可能性も考えられる(杉本他,2014;2015)。本研究で得られた結果が、「社会人基礎知識」独自の影響なのか、全般的な学生の態度の影響なのかは、他の講義の履修状況や大学生活に関する行動、課外活動などと組み合わせて考えることで検討できる。今後、IRが活性化し学生の学業やキャリアへの取り組みやその影響要因を詳細に検討することができれば、より包括的で効果的な教育・支援体制を全学的に整えていくことも可能であろう。また、本研究で得られた長期的教育効果がたとえ「社会人基礎知識」によって直接的にもたらされる効果であったとしても、「社会人基礎知識」のどのような授業内容がこうした効果をもたらすのかは明らかとなっていない。キャリア教育科目「自己開拓」における教育効果の検証のように、毎回の授業における参加態度や理解度などのデータや授業の初回から最終回までの心理的要因に関するデータを収集し、授業効果や短期的な教育効果を検討することは非常に重要だろう(小塩他,2011;小塩他,2012;佐藤他,2013;佐藤他,2014;佐藤・杉本,2015)。こうしたデータと本研究で得られたような進路意思決定や学業への取り組みに関するデータとの関連性を検討することによって、各授業のどのような内容が長期的教育効果に影響を及ぼすかについての検討も可能となる。さらに、授業内容の教育効果を詳細に分析することで、より効果的な授業内容に改善していくことが今後求められる重要な課題といえるだろう。注「社会人基礎知識」では、以下の達成目標が掲げられた。1「自分と社会の関係」およびその一環である「働くことの意味」について、自分の考えを持ち、それを人に説明できる。2さまざまな職種や業種・企業等の特徴やその調べ方について基礎的な知識を持ち、自分の適性に合った職業や就職先をどのように選んでいけばよいかについて、自分の考えを持っている。3上記2を実現するため、自分は卒業までにどのよ―30―杉本英晴・佐藤友美・寺澤朝子

元のページ  ../index.html#40

このブックを見る