中部大学教育研究16
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1問題と目的1.1「社会人基礎知識」設置の背景「社会人基礎知識」は、2008年度から始まった中部大学の新教育改革の中で、全学共通教育のキャリア教育科目として新設された授業である。キャリア教育科目立ち上げの理念は「就職活動に関するガイダンスやテクニックとは異なり、キャリアを人生ととらえ、学生が生きる力を育てることを促し、学生のキャリア形成を支援するために教育活動を行うこと」である。こうした理念をもとに、学生が低学年からキャリア意識を身につけ、大学から職業社会への移行にあたり自律的な選択を行うだけでなく、職業社会に移行した後も、自分の人生を自律的に生き抜く力を身につけるべく、2つのキャリア教育科目「自己開拓」と「社会人基礎知識」が設定された。「自己開拓」は初年次から、自分自身の今後のキャリアについて、ビジョンを持ちプランを立て、デザインしていく必要性を認識しつつ、自分自身に向き合い、じっくりと課題に取り組むことで、今後必要となるコミュニケーション力や協調性、課題解決力を向上させ、自尊感情を育み今後の学生生活の基盤を作ることが目的とされた。他方「社会人基礎知識」は、こうした初年次からのキャリア教育を積み上げる形で、より具体的に社会の中で働くことの意味を考え、自身の働き方を現実的に検討できる知識を身につけ、卒業後の進路意思決定に向け自身の能力を高める計画を立てられることが目的として掲げられた(具体的な達成目標は、注を参照)。また、「社会人基礎知識」では、潜在的なねらいとして、学業やキャリアに対する意欲低下の学生への再教育も掲げられた。大学生は2年次になると、学業やキャリアに対する意欲が低下しやすいことが指摘されており、“SophomoreSlump”として研究が蓄積されている(石毛,2010;菊地,2010)。こうした意欲低下を抑制することができれば、その後の学生生活において、社会人に向けたキャリア意識の形成、さらにはスムーズな進路意思決定を促すことができるであろう。そこで、1年次春学期に配置された初年次教育(スタートアップセミナー)、1年次秋学期に新設されたキャリア教育科目「自己開拓」からの接続、そして、3年次以降の進路選択・決定プロセス、さらには正課外の教育・支援との連携をふまえた教育支援体制を勘案し、「社会人基礎知識」は2年次に位置づけられた。このように、学習やキャリアに対する意欲低下を起こしがちな時期に「社会人基礎知識」を配置することによって、すでに意欲が低下している学生に対する効果的な再教育の機会となることが期待された。1.2本研究の目的これまで、1年次開講のキャリア教育科目「自己開拓」については、継続的な教育効果の検証が行われてきた。具体的には、受講生が授業を通してキャリア意識の発達が促される短期的な教育効果(小塩・ハラデレック・林・間宮,2011;小塩・ハラデレック・林・間宮・後藤,2012;佐藤・小塩・ハラデレック・林・間宮,2013;佐藤・小塩・ハラデレック・林・間宮,2014;佐藤・杉本,2015)、および、受講経験によって卒業までの進路意思決定プロセスが促される長期的な教育効果が実証されてきた(杉本・佐藤・寺澤,2014;杉本・佐藤・寺澤,2015)。しかし「社会人基礎知識」についての教育効果の検証はこれまで行われてこなかった。近年、日本の高等教育機関においてIR(InstitutionalResearch)の重要性が指摘されており、教育情報の収集・分析などデータを用いて客観的に教育の質保証を行うことが求められている(高橋・星野・溝上,2014)。このことを勘案すれば、「自己開拓」と同様に全学共通教育のキャリア教育科目である「社会人基礎知識」についても教育効果の検証を蓄積することは重要であろう。そこで本研究では、「社会人基礎知識」の教育効果を検証する。具体的には、「社会人基礎知識」の教育目標から、進路意思決定と学業への取り組みに注目し、2年次の授業から卒業前までの長期的な教育効果を検証する。「社会人基礎知識」が十分な教育効果を示すのであれば、授業を積極的に受講した学生ほど、進路意思決定が促されるであろう。また、「社会人基礎知識」が再教育の機会として機能するのであれば、授業を積極的に受講した学生ほど、学業に対する意欲低下から脱却し、受講後の学業の取り組みが改善されるで―25―中部大学教育研究№16(2016)25-31キャリア教育科目「社会人基礎知識」の長期的教育効果-進路意思決定・学業への取り組みからの検討-杉本英晴・佐藤友美・寺澤朝子

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