中部大学教育研究15
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だ』、と言って、微妙なケースも待ってくれるのよ」と赤塚先生は笑った。入院中は陣痛から分娩、産褥まで一つの部屋で過ごせるようになっているのだが、助産学生にとっては、和室に布団スタイルも珍しいようだった。また、陣痛が強くなるように歩く産婦のために廊下には手すりがついていたり、トイレで分娩が進んだときのためにトイレのスペースが広くとってあったり、照明も柔らかな色合いが選ばれていたりと、随所に工夫が見られた。構造や物品の配置一つ一つに意味があり、すべてが女性の「産む本能」を引き出すように造られていることに一同感心した。ちょうど当日勤務していたもう一人の助産師とアナヤは、偶然二人ともマタニティヨガ・インストラクターであり、ヨガのポーズをとってくれた。最後に、赤塚先生は開院10周年に作成したというDVDを見せてくださった。もともと日本語で写真の説明や叙情的な文章が添えられていたのだが、なんと赤塚先生は今回のためにそれらを英訳してリメイクし、アリソンにプレゼントしてくださった。アリソンたちは、「必ず他の学生たちにも見せるわ!」と大感動であった。写真2赤塚院長と記念撮影(左から筆者、赤塚院長)4.2春日井市民病院(2階東病棟)アリソンからのリクエストは助産院であったが、本学の実習施設でもある春日井市民病院は、公立病院としては珍しく院内助産システム注3)を導入しており、紹介したいと思った。そこで、アレンジを組む際に、アリソンに「病院内に助産院を設けている施設があるのだが」と紹介すると、是非訪問したいとの返事がすぐに来たため、鈴江智恵看護部長と山田みちよ師長の快諾を得て、訪問することができた。当日はあいにくの雨模様で、台風が来るかもしれないという予報だったため、どうなることかを案じていたが、予定どおり訪問できて筆者がいちばん安堵していたかもしれない。ちょうど、保健看護学科4年生が母性看護学臨地実習中で、学生が実習する様子も少しご覧いただくことができた。到着すると、まず山田師長に2階東病棟の概要と特徴について説明を受けた。師長は施設を見学しながら、通常の分娩介助と院内助産での分娩介助の違いを詳しく話してくださった。院内助産用の分娩室は元々、他の分娩室同様だったものを山田師長はじめ、助産師らが限られた予算内で工夫して、壁紙や床を張り替えたそうだ。できるだけ、「病院」ではなく「助産院」のようなアットホームな雰囲気を作るために、蛍光灯ではなくランプシェードを活用したり、普段は医療機器が見えないように収納したりしているとのことだった。なるほど、アリソンらは医療機器はアメリカの病院で見慣れているものも多いそうだが、その使い方や整頓の仕方に感心していた。写真3春日井市民病院の正面玄関にてまた病院内でありながら、分娩は分娩台の上だけではなく、分娩体位は自由で、産婦が感じるままに動いてよいという説明に驚いていた。一同は、院内助産でのケアが前日のゆりかご助産院で見聞した内容と類似していることに気づき、日本の助産師魂をここでも感じているようだった。そこで、筆者が「産む主体は産婦で、助産師は導く(lead)のではなく産婦についていく(follow)という姿勢は同じですね」と言うと、皆が同じ意見で、一体感を覚えて嬉しかった。さらに、同院では助産外来、おっぱい外来、ヨガクラス、ベビーマッサージクラス等にも力を入れていると紹介があった。また、母子の退院後も何らかの問題(育児技術が未熟、乳房トラブル、マタニティブルーズ等)がある場合、平成26年から「産後ケア入院事業」を開始したと聞き、一同は、病院であっても多様な継続ケアが提供されていることに感心しきりであった。そもそもアメリカの産褥入院期間は、正常分娩では1日、帝王切開分娩でも3日で、アリーは「クレイジーでしょ」と言った。また情報提供に敏感なお国柄だから両親学級などは充実しているのかと質問したところ、日本のように参加者が施設に集う形式では時間もお金もかかるので、ネット上の情報を読むだけ、ということが多いそうだ。これには筆者も驚くと同時に、「そ―77―日本の助産ケアの良さを再発見

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