中部大学教育研究15
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1はじめに2015年7月に、アメリカ、コネチカット州ニューヘブン市にあるYaleUniversityから、助産学の研究者であるDr.ShortenAllisonと助産学生2名の研究視察を受け入れ、愛知での2泊3日の視察をアレンジした。筆者も同行し、日本とアメリカの助産ケアを比較することで日本の助産ケアについて再考する機会を得たため、本稿で報告したい。2YaleSchoolofNursingでの助産師教育ご存知の方も多いように、YaleUniversityは1701年に開学されたアメリカの名門大学である。全米で3番目に古い歴史を持ち、特に1828年の「イエール報告(TheYaleReport)」は、その後のアメリカの大学教育の発展に大きな影響を与えたとされる。卒業生には歴代の大統領など数多くの政治家もいる。筆者とDr.Shorten(以下、アリソンと呼ぶ)は10年来の友人で、ともに帝王切開分娩のケアに関する研究を行っている。アリソンはその気さくで優しい人柄とは対照的に、彼女の研究デザインの緻密性、実行力はとても素晴らしい。彼女はオーストラリア人で、4年前まではオーストラリアのWollongongUniversityで助産学を教授していたが、Yaleに異動した際に、統計学者であるご主人と、当時高校生と中学生の息子さん二人も一緒にアメリカに移住した。言語が共通であるがゆえにできることかもしれないが、日本では、妻(母)の仕事のために一家で海外に移住することなど考えられず、大変驚いたものである。現在、アリソンはYaleSchoolofNursingの准教授で、母性看護学と助産学を教授している。欧米の助産師は二通りある。一つは、看護師免許取得後に助産師免許を取得するCertificatedNurse-Midwife(看護助産師)で、日本同様の国家資格である。もう一つは日本と大きく異なっており、Directentryというコースで看護師課程を修了せずに助産師課程に入学し、助産師のみの免許注1)を取得する。YaleSchoolofNursingには大学院にDirectentryがあり、フルタイムの学生の場合、約2年間で助産師免許が取得できるそうだ。助産師課程は定員20名で、学生の人種、年齢、社会経験は多様で、アリソンも当初は大変驚いたそうだ。例えば、助産師課程に入学前は物理学や経済学を専攻していたり、大手の企業で働いていたりなど、学生の背景は大変ユニークである。もちろん学生は大変優秀で、授業でとても難しい質問が来ることもあり、アリソンは「教員としては嬉しい反面、困ることもある」と苦笑していた。助産師教育といえば、どの国でも分娩介助実習が大きな課題である。日本では正常分娩を10例程度介助することが義務付けられているが、アメリカでは40例(異常分娩を含む)だそうである。日本が非常に少ないように思えるが、我が国は小規模単位の病産院が多く、さらに少子化が進んでいるため、10例でも精一杯である。また、Yaleでは20名の学生に対し、学内の主担当教員は1名と聞いて驚いた。学生は4~5か所に別れて配置されるが、臨床指導はほぼ現場の助産師に任されているとのことだった。日本では設置主体によっても異なるが、私学の場合は必ず実習先にも教員が行き、調整や直接指導を行わねばならないため、とにかく人手を要する。Yaleの学生が自立しているのもあるだろうが、臨床の指導体制がしっかりしているゆえだろうと羨ましく思った。3ExploringTraditionalMidwiferyPracticesinJapan今回の研究視察は、アリソンの研究プロジェクト“ExploringTraditionalMidwiferyPracticesinJapan(日本の伝統的な助産実践の探究)”の一環であった。研究の発端は、アリソンがアメリカに移って目にした病院で働く助産師の姿であったという。アメリカの助産師は日本やオーストラリアよりも裁量権が強く、一部の薬剤の処方もできる。しかし、その一方で産婦が陣痛と闘っているときのケアは決してよいものではなかったそうだ。例えば、産婦の訴えや表情にはあまり関心を向けず、分娩監視装置(胎児心音と陣痛の強度・間隔を測定する装置)のモニター画面だけを見て分娩進行を診断するなど、産婦を温かく見守ったり励ましたりするような助産ケアは少なく、ショックを受けたそうだ。―75―中部大学教育研究№15(2015)75-79《スケッチ》日本の助産ケアの良さを再発見-YaleSchoolofNursingの研究者と助産学生の研究視察を受け入れて-横手直美

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