中部大学教育研究13
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平均学習定着率が50%、75%、90%と格段に改善することが示されている10)。あるいはメル・シルバーマン(1996)は「アクティブ・ラーニングのモットー」のなかで「(聴いて見て)議論して実践したことは知識と技能になり、他人に教えたことには習熟する」と述べ、アクティブ・ラーニングの神髄を表現している11)。いずれにしても、アクティブ・ラーニングが重視されるようになったのは、知識が高度化し複雑化し流動化するポスト産業社会にあって、学校教育が効率的な知識の伝授から「高度の複合的な知識」、「創造的思考」、「問題解決能力」や「コミュニケーション能力」、「多様な人々と共生する個性」、「生涯にわたって学び続ける能力」の育成に移行したこと(佐藤学、2004)12)を受けて、その学びの「量」から「質」への転換にふさわしい学習方法が希求されたからである。そしてこの転換は言うまでもなく、「教員が何を教えるか」から「学生が何を学ぶか」への転換、すなわち「教育」と「学習」のパラダイム・シフト13)と呼ばれるものである。これまで見てきたように中教審答申で推奨され、昨今多くの大学で実践が始められた学生参画型FD(学生FD活動)のうち、自主講座や双方向授業に関するものはまさにアクティブ・ラーニングに包摂される取り組みと言えそうである。そしてこれらの実践は大学教育においてはまだ数少ないものの、教育方法学の分野においてはことさら目新しいものではないと言える。ただし、学習ピラミッドやシルバーマンが指摘する「教え合い」という活動は、授業に参加する学生同士が教え合うという意味のみならず、ピア・サポート・プログラムにおいてピア・サポーターが関与する活動としても重要であり、アクティブ・ラーニングとピア・サポート・プログラムの重複する部分概念となっていることも指摘できる。さらにピア(peer)という言葉を含む用語をOPACなどの蔵書検索を用いて調べると、ピア・サポート・プログラムに関するものが多数発見されるなかで、ハーバード大学のエリック・マズール(1997)の、初修物理学における学生同士の議論を組み込んだアクティブ・ラーニングの授業「ピア・インストラクション(peerinstruction)」14)なども検索されることから、ピア・サポート・プログラムとアクティブ・ラーニングの使用法が混乱する一因になっているのではないだろうか。2.3「学生関与」、「学生従事」との比較「学生参画型FD(学生FD活動)」という用語を検証していくと、さらにやっかいな課題に直面する。それは高等教育研究者の間に広く知られている「学生関与(studentinvolvement)」と「学生従事(studentengagement)」という用語との関係である。学生関与は、アレキサンダー・アスティン(1984)が打ち出した概念で「学生が大学での経験に投与した身体的、精神的なエネルギーの質と量」を指し、「そのような関与は研究に没頭したり、課外活動に参加したり,教員や他の職員と交流したりするなどのさまざまな形態を有する」とされる。また、「学生の大学における関与が大きくなればなるほど学生の学習と個人的な発達の量も大きくなる」と述べている15)。このように学生関与が大きい学生はそうでない学生に比べて、大学教育への満足度や卒業後継続して学習していく力も高いと考えられている。一方、学生従事は、ジョージ・クー(2003)がアスティンの学生関与の概念を受け継ぎながらも、より学生の学習と成長に関連する教育活動に特化した大学生調査(CollegeStudentSurvey)に基づき、教授・学習過程を改善するために用い始めた用語であると言われる。具体的にはチッカリングとガムソン(1987)がまとめた「優れた授業実践における7つの原則16)」に沿って開発されたNSSE(theNationalSurveyofStudentEngagement)17)と呼ばれる大学生調査を用いて学生の学習と成長を把握し、大学の教学改善に資することを目的とした。「優れた授業実践における7つの原則」(以降、「7つの原則」)では、「②学生間で協力する機会を増やす」として『授業の予習や試験勉強をクラスメイトと一緒に行うことをすすめる』や『学生間で完成した課題の良かった点を指摘させあう』『学生間でそれぞれの課題の批判、添削、評価を行わせる』『授業時間の内外で共同で行う課題を出す』『チューター・センターやピア・サポーターを訪問・活用させる』『学生が提出したレポートや成果物をクラスの学生で共有する』『試験前や課題提出前にはグループで勉強するように呼びかける』などきめ細かな留意点が述べられているほか、「③能動的に学習させる手法を使う」には『学んだことを他の学生に教えさせる』『授業のなかでシミュレーションやロールプレイの方法を使う』『授業の内容に応じたフィールドワーク、ボランティア活動、インターンシップなどを紹介する』『学生と共同で研究プロジェクトをすすめる』『実験・臨床の機会を増やす』『数人のグループで問題解決活動を行い、授業ではグループ間で議論させる』『他の学生の課題に対して批判的にコメントさせる』など、中教審や三浦のアクティブ・ラーニングの定義に含まれ、溝上の調査したアクティブ・ラーニングの学習プロセスに紹介された授業実践手法が随所に指摘されている。つまり学生従事という概念は、それらの授業実践のうえに築かれる、学生の学習や成長が促進される大学教学の望ましい枠組みを意味すると考えることができ、―12―沖裕貴

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