中部大学教育研究13
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である。救急救命士もスポーツ指導者も協働が成り立つように協調性を持つことが必要であると考えられる。3職務内容の共通点と接点社会生活上の意義がある反面、多分に危険も包含する活動には以下のようなものがある22)。a.人命や健康保持のためにする行為(手術、救助作用)b.教育や鍛錬の為にする行為(体育・スポーツ)c.学問の進歩のためにする行為(危険な実験)d.交通上の利益のためにする行為(航空機、高速交通機関、自動車等)e.生活ならびに資材獲得のためにする行為(鉱工業、原子力発電)以上の行為は「許された危険」の行為である。aおよびbの記述から明らかなように、救急救命士は傷病者に、スポーツ指導者は被指導者に対して「許された危険」の行為を行っているという共通点を有する。救急救命士とスポーツ指導者は本人自身も危険な状況に陥る可能性がある点も共通している。救急隊員は救急現場で暴行を受ける場合があることを既に述べたが、この他にも地下鉄サリン事件の時のように、見えない毒ガスによって生命の危機に瀕することもある16)。一方、スポーツ指導者では模範演技をした際や、被指導者の実技を補助する時などに怪我をすることがある23)。場合によっては頚椎のケガなども起こり、麻痺障害を引き起こす危険性もある。このように自分自身に危険が及ぶ中で自らが主役ではなく、あくまでもサポート役に徹することが求められているところも両者の共通点であると言えよう。両者には単に共通点があるのみならず、図2に示すように“人の活動性に影響を及ぼす職種”として接点を持つと考えられる。すなわち、スポーツ指導者の役割は図2の①に相当する部分であり、スポーツ現場において被指導者の健康状態を高めることや、より高いパフォーマンスを発揮できるようにサポートすることによって、被指導者の活動性をより高いレベルに引き上げる役割を担う。救急救命士は図2の②に相当する部分を担当し、スポーツ現場から傷病者を迅速に医療機関へ搬送し、低下した活動性をそれ以上悪化させないようにするための役割を担う。医療機関に搬送された人達を通常の活動性に戻すサポートを行うのが、病院・診療所等における各種医療関係者の役割である(図2の③)。ここで通常レベルまでに回復した人達は、再びスポーツ指導者のサポートによって高い活動状態へと上昇し、万が一活動性が低下しても救急救命士がこれを支える。以上の循環をスムーズに進めるために、スポーツ指導者と救急救命士による共同の研修活動は有効であろう。前述したように、運動に関連した救急搬送件数は多く、救急車到着までの心肺蘇生の実施の有無が傷病者の生死を決定づける。このため、救急隊員によるスポーツ指導者への心肺蘇生法の講習は重要な意味を持つ。一方、スポーツ指導者から救急救命士への働きかけも重要であると考える。これは、次の3つの事例に基づいている。1つ目は、心肺蘇生法の1手技である胸骨圧迫を長い時間行うためには、心肺持久力24,25)や筋力24)が必要である。このような体力を効率よく鍛えるための方法論をスポーツ指導者は知っているので、その方法を救急隊員に指導することには意義がある。2つ目は、救急隊員の多くが救急活動中に腰部に負担を感じていることや26)、腰痛を経験したことがあること27)が報告されており、日常的な運動・スポーツの実施による腰痛対策(筋力強化、疲労ストレスの解消)が強く推奨されている27)。『プレホスピタル・ケア』という雑誌には、救急隊員を対象とした腰痛予防のための具体的な体力づくりの方法についても紹介されている28)。この点においても、スポーツ指導者から救急隊員への指導は意義がある。3つ目は、救急活動中には“ボディメカニクス”と呼ばれる身体的な特性が十分に活かされた正しい姿勢や動作が円滑に行われることの有効性が指摘されている26)。しかし、実際に救急隊員の中でボディメカニクスを理解している者は少ない26)。バイオメカニスクスを専門とするスポーツ指導―94―尾方寿好図2人の活動性に影響を及ぼす職種の位置づけ①はスポーツ指導者の役割である。指導を受ける者の活動性をより高い位置に引き上げる。②は救急救命士の役割である。ケガや病気等によって低下した活動性(点線矢印にて図示)をそれ以上悪化させずに、傷病者を医療機関へ搬送する。③は各種医療関係者の役割である(医師、看護師、臨床検査技師、理学療法士、作業療法士、臨床工学技士など)。

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