中部大学教育研究13
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これらを改善するために、A「対面的なコミュニケーションの場を多く持つこと」B「共感すること」C「上手な聞き手になること」の3つが重要であると述べられている。丹羽と安森の研究15)と対応させると、①~④のコミュニケーションスキルは説得のための方法であり、A~Cの内容はスポーツ指導者の信憑性を高める方法であると考えられよう。一方、救急活動に関しても、コミュニケーションが必要である。これは、傷病者にショックなどの重篤な状態が認められず、ある程度の時間的余裕があると判断された場合には、救急隊員と傷病者との間でコミュニケーションがはかられることによって、詳細な情報を現場で収集することができ、傷病者のその後の治療過程や回復状況を左右することがあるためである12)。コミュニケーションが上手にはかられない場合の例としては、女性の傷病者にもかかわらず配慮のない質問をしてしまい、傷病者やその家族に不快な思いをさせて必要な情報が得られなくなることがある16)。情報収集のためには、救急隊員は共感的な態度と丁寧な言葉づかいで接することが重要であり、これにより隊員と傷病者の間の心理的距離が縮まる12)。傷病者とのコミュニケーションだけではなく、救急隊員は、実施の判断を医師の指示にもとづいて行わなければならない救急救命処置(気管挿管や薬剤投与など)があり、この際に医師とのコミュニケーションが発生する。この場合には、救急隊員は医師が判断するために過不足のない情報を的確に提供することや、医師からの指示を聞いて、復唱や確認によってどのように受け取ったのかを伝えることが必要となる12)。以上より、救急救命士もスポーツ指導者もコミュニケーションスキルや共感的態度は共通して必要であると言える。2.4倫理観スポーツ指導者のセクシャルハラスメントがしばしば裁判沙汰になっている17)。指導者本人が意識的ではなくても、場合によっては立場を利用したセクシャルハラスメントととられてしまうケースもあり、不適切な言動をしないように注意喚起がされている8)。これと同じように、男性救急隊員が無意識ではあっても不適切な発言をして、女性傷病者を不快にさせてしまうことがある16)。スポーツ指導の場では体罰も問題となっている8)。救急隊員による他者への暴力行為は無いようであるが、その逆の救急隊員への暴力行為が問題になっている。例えば、飲酒の為に搬送される傷病者によって暴力を振るわれることがある。東京消防庁の管轄内では、平成12年から凶悪な妨害行為が増え救急隊員が骨折を負うケースがあり、それ以来、妨害行為が起こっても原則活動を続けていたが、身の危険を感じたらすぐに逃げるように指示するようになったそうである11)。また、繁華街の喧嘩があったという場合には防刃チョッキや顔面シールド付きのヘルメットを着装し、妨害行為に対しては、法的手段に訴える構えにもなった11)。その平成12年8月24日のTBSニュース「News23」の中で、故筑紫哲也氏は、次のような要旨のことを述べている。「自分のやっていることが誰かのためになっており、そのことを他人が評価してくれることが、自分の仕事のやりがいになり人は進んでいく。ところが、このことが救急隊員に対する暴力によって壊れてしまうと、仕事に対するミスも増えるし、自分が出会う対象に対する関係が強張ってくる。その結果、お互いの関係性が厳しくなり、高圧的な救急隊員を生みかねない。」18)これは救急隊員に限らず、スポーツ指導者についても同様である。スポーツ指導者も被指導者の為に仕事をしており、それを評価してもらいたいと思っている。だが、被指導者が理不尽な行為をした場合には高圧的な態度になってしまうかもしれない。スポーツ指導者も救急救命士も、他者に対する倫理的配慮を持って接すること、および、被害を受けてもモラルを崩さないことが重要であると考えられる。2.5協調性近年「チーム医療」の必要性が増してきている。チーム医療とは「単に専門の異なる複数の職種のものが一人の患者に対して仕事をすることだけではなく、専門的な知識や技術を有する複数の医療者同士が、対等な立場にあるという認識を持った上で実践される協働的な行為」と定義されている19)。救急隊もチーム医療の構成員として考えられている20)。また、「健康運動指導士」「健康運動実践指導者」「障害者スポーツ指導員」といった資格を持つスポーツ指導者もチーム医療の一員と考えられている21)。チーム医療の重要な要素の1つが「協働志向」である。細田は、協働を阻害する要因について次のように述べている。すなわち、「各職種の専門性を絶対視してしまうと協働がうまくいかない。自らの専門性に誇りを持って、その専門性を基に議論をすることは大切であるが、他の専門性に依拠する職種の人々の意見と激しく対立したり、一方的に批判したりするとチームとしての協働が阻害されてしまう。この状況に陥らないためには適切な距離を保ち、相手の話に耳を傾け、自分の価値観を相対化することが必要である。」19)。フィットネスクラブなどの組織で働くスポーツ指導者の場合にも、総務係、施設係、保健係などとの連携によって活動が成り立っており、「協働志向」は必要―93―スポーツ指導者と救急救命士の共通点と接点

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