中部大学教育研究11
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自分軸(思考や言動の軸)について考える。自分軸に基づく人生設計と行動計画を立てる。ひとりひとり、それぞれ違う人生があり、その多様性を認め合い、大切にし合える関わりを創造する。キャリアを人生と捉えた時、キャリア教育の大本の意義は何だろうか。順調な就職活動、安定した社会人生活のような一般的な目標を設定して良いのだろうか。「人生」はもっと長い。筆者らがたどりついたのは、「生きる」ことに真正面から向かい合うことであった。本科目が「いのち」について考えることからスタートしたのは、このような経緯による。そして、どのようなことを、どのような順に学んでいくと良いのだろうかを考え、上記の8つの段階のストーリーを設計した。このストーリーを展開する手法として「体験学習」を採用した。体験学習については後述するが、これまでにも様々な学びのテーマに基づき、体験学習の単体プログラムが開発されてきている。筆者らは、その中から上記ストーリーに合った相応しい体験学習プログラムをデザインした。各体験学習プログラムの内容は後述するが、ここでは毎回はじめに行われる「導入」という小プログラムについて述べておきたい。その日の雰囲気を決めかねないこの「導入」は、きめ細かい配慮を必要とする。筆者らはファシリテーター(体験学習の講師はこう呼ばれる。詳しくは後述)として創意工夫して準備した。多くは体験学習に初めて接するため、最初は戸惑う学生も多い。また、教室の雰囲気は、クラスごとに異なる様相を呈する。ファシリテーターはこうした微妙な空気感を感じながら、適切な導入プログラムを設計するように心がけた。2.2授業の基本構造2.2.1ファシリテーション本科目において、講師は「教師」ではなく、「ファシリテーター(facilitator)」として学生と関わることを基本とした。ファシリテーターとは、ファシリテーション(facilitation)、つまり「支援すること」「促進すること」を行う者を指す。ファシリテーションについては、多くの文献に接することができるので、詳細については参照されたい(例えば、津村・石田,2003;津村,2009)。ここでは、本科目のファシリテーター観について、複数の講師間で共有したことについて述べる。本科目では、キャリアを人生と置いたことは先に述べた。学生は大学生活を、後には社会人生活を送る中で、自らが選択し、決断し、行動することが求められる。そこに正解や不正解があるわけではない。あるとすれば、本人がそれを、自分にとっての正解であると信じられるかどうかであろう。たとえ行き詰ったとしても、それを受け容れ、次の新たな選択、決断、行動へと移っていくことも、また必要となる。言い換えれば、自ら下したことに責任を持てるかどうか、ということである。自ら学ぼうとする者が自らのキャリアを開発していくのに講師ができることは、学ぼうとする者を「支援」すること以外にない。故に、本科目の講師は「教師」ではなく「ファシリテーター」であることが、強く求められる。ファシリテーターは、学生が自らの力で学ぶことを見守り、必要以上の働きかけや介入は行わない。常に学生の状況や状態を観察し、導いたり、指図したりせず、学生が安心して学ぶ「場」を創造することに力を注ぐ。場合によっては、ファシリテーターも同じ時代に同じ社会を共に生きている人間として、自分のキャリアやキャリアについての考えを開示し、語り合うことも必要となろう。本科目では、3人の講師間で、こうしたファシリテーション観を共有した上で、授業に臨んだ。2.2.2体験学習の循環過程体験学習についても、多くの文献を手に取ることができる(例えば、星野,2002;津村,2009)。故に、ここでは詳述を避け、本科目において特に着目した、「体験学習の循環過程」について述べる。各回授業は、毎回「実習」として、ある課題を用意している。それらは、問題を解決するものや、話し合ってコンセンサスを目指すものなどがある。しかし、実習の本当の目的は、それではない。実習中に自分がとった言動や自分の内面で起こったことに気づくこと、あるいは他者の言動で気づいたことやそれに対して自分が感じたこと、グループ全体(または教室全体)に生まれている場の雰囲気で感じたことなどについて、内省(「みる」)し、分析(「考える」)し、次の行動指針を立案すること(「次はどうする?」)が真の目的である。この行動指針は、次の体験につながり、再び「みる」、「考える」、「次はどうする?」へとつながっていき、循環的に自己を成長させていくことになる。仮に、本科目で課題が達成できなかった者がいたとしても、そのことを評価することは、一切ない。正解を導き出すプロセスや手法を学ぶことももちろん重要なことではあるものの、それと同等以上に、正解を導き出そうとしたプロセスにおいて自己と他者の内面で起こったこと(「あの時、自分は○○な気持ちになった」、「他者から自分の言動は○○のように見られていた」など)―44―ハラデレック裕子・林芳孝・間宮基文・小塩真司

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