中部大学教育研究11
50/134

1はじめに2011年3月11日に発生した東日本大震災、および東京電力福島第一原子力発電所の事故は、未曾有の被害を日本列島に及ぼしたお亡くなりになられた方々に心よりお悔やみ申し上げますとともに、被災された皆様に謹んでお見舞い申し上げます。これは災害にとどまらず、現代社会の価値観を根底から揺るがす事態にまで及んでいる。それでなくとも日本は2005年を境に人口減少社会に突入し、これまでの人口増加社会で培われてきた様々な社会システムが今後も変わらず機能する保証はなく、次の新しい社会システムの構築が求められている。世界的に見ても、米国では2008年のリーマン・ショックに続き2011年米国債デフォルト危機、欧州では2010年ギリシャ経済危機に端を発するEU圏内の経済混乱等のように、世界同時多発的に経済不安が発生し、旧来型の社会システムが疲弊してきているように感じられる。経済的豊かさを重要視してきた先進各国が行き詰まりを見せる一方で、GDPではなくGNH(国民総幸福量)を尺度にした社会づくりを行うブータンのような国が、注目を集めてもいる。このような世界情勢にあって、キャリア教育はどのような意味を持つのだろうか。キャリア教育はひとりひとりの人生の問題ではあるものの、それが世界情勢と無関係であってはならない。本報で述べる授業は、後述する「体験学習」を手法の柱に据えているのだが、その教育の実践者であるR.A.メリットは、体験学習で得られる成果として、単に自分自身の幸福に寄与するだけでなく、人間関係を学ぶ中でしっかりした倫理観が獲得できること、それにより世界的視野を持つことが可能となり、世界を危険に導いていく社会制度に対する鋭い目を養い、それに対する可能な対策を考えることができるようになることを挙げている(メリット,1985)。中部大学では、2009年度にキャリア支援教育科目ワーキンググループが発足した。その中で、キャリア教育の目的として「キャリアを、就職活動に関するガイダンスやテクニックと捉えず、人生と捉え、学生が生きる力を自ら育てることを促すこと」が設定された。これは、今後の本学キャリア教育の指針を良く表している。ワーキンググループが設定したキャリア教育の目標は、「自尊感情(セルフ・エスティーム)の向上」、「ライフ・プランの設計」、「社会人基礎知識の習得」であった。このうちの前二者を合わせたキャリア教育科目が「自己開拓」という名称となり、1年次秋学期又は2年次春学期に開催することとなった。自尊感情とは、自分に対する肯定的な感覚を意味する。幼児期に万能感を持っている子どもは、現実が分かってくるに従って自尊感情が低下するものの、ある時期に自分を肯定し、自尊感情を持ち直すのが通常である。しかし、今日の日本の子どもは、小学3・4年から下がりはじめた自尊感情が、持ち直すことなく中学・高校と下がり続けているのだという(古荘,2009)。自尊感情は精神的に健康に生きていくための心理的基盤であり、それを守ろうとすることがあらゆる人間の社会的行動の源泉であると捉える研究者もいる(中間,2007)。今の日本の若者に対するキャリア教育の第一段階として「自尊感情の向上」に取り組むことは避けては通れない。一般に、自尊感情は、日常に出会う様々な体験を肯定的に捉えることによって向上する。そこで、本科目では体験から学ぶ場を教室の中につくりだす「体験学習」の手法を用いることにした。また同時に、働くことの意味を考える力や職業観を育みながら、授業の最後には、将来のライフ・プランと大学在学中におけるアクション・プランを設計し、具体的な行動変革を促すことを目指した。長期的な視野においては、前述したように、変化の激しい現代社会にこれから歩み出す学生に対して、しっかりとした倫理観に基づく判断力・行動力を養うのに「体験学習」が寄与するであろうことも期待される。2授業概要2.1全体の設計本科目「自己開拓」を授業設計するにあたり、全体の流れとして以下のようなストーリーを構築した。いのちについて考える。自尊感情、自分を大切にする力を高める。人間関係の中で自己理解、他者理解を深める。考え方には、多様性があることを知る。自分を大切にし、他者への思いやりを深める。―43―中部大学教育研究№11(2011)43-47新たなキャリア教育科目の効果-「自己開拓」の概要と学生の成長-ハラデレック裕子・林芳孝・間宮基文・小塩真司

元のページ  ../index.html#50

このブックを見る