中部大学教育研究11
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出『東京大学の歴史』および別府昭郎編『<大学>再考』知泉書院、2010所収論文)要するに私立大学出現との関係で「博士学位濫授」の弊害への憂慮が審議の底流にあったこと、しかし学位授与を大学の「権利」として主張する意見も台頭し、結局は文部大臣の手から大学全体へと授与権を移し、しかも授与審査主体を「大学」一本にして、総長推薦や博士会議推薦という複数のルートを廃して単純化し、さらに成果公開の義務と学位褫奪の制度を明文化することを通じて学位授与手続の透明性をはかったこと等が大きな変革点であった。この審議の間に、帝国大学総長山川健次郎の役割がいかに大きかったかについても、上記の論文を参照していただきたい。ちなみに、第29回総会で山川が陳述した旧制度の運用実態、特に総長推薦制度成立の事情、博士会推薦制度の効用と欠点等は、学位制度裏面史として貴重な証言であるが、ここではそのことを指摘しておくにとどめよう。女性と大学の関係についての議論最後に、女性と大学教育との関係について臨時教育会議がどのような議論をしたかを振り返っておこう。結論的に言えば、このテーマについて臨時教育会議はほとんど正面から触れていない。多くの委員たちにとって、それは大学改革上の関心事ではなかった。臨時教育会議が女子と教育の問題を取り上げたのは、諮問第6号「女子教育ニ関スル件」の審議の際においてであった。審議回数は僅か1回で終わっている。しかもその審議の中心論点は初等教育および中等教育レベルの女子教育問題に集中しており、高等教育レベルの女子教育に関する審議はごく僅かの時間で終わっていた。委員の中には日本女子大学校創設者の成瀬仁蔵や、東北帝国大学総長として初めて女性の正規入学を認めた沢柳政太郎も加わっていたにもかかわらず、審議の結果は、「時期尚早」論に終始した。加えて、「大学及専門教育」の審議と違って、この案件については主査委員会(3回開かれている)の案文に対する審議は全く行われず、上記のように、ただ一回の総会審議で終了した。答申の大学教育に関する部分だけを摘記しておこう。(答申)「八、〔以上の他〕高等普通教育改善ニ関スル第二回ノ答申ニ列挙シタル事項ハ大体ニ於テ女子教育ニ関シテモ同様必要アルモノト認ム」。(理由)「女子ニシテ専門ノ学術ヲ修メントスル者ニ関シテハ既ニ東北帝国大学等ニ於テ実施セル如ク女子高等師範学校等ノ卒業者ニシテ大学ニ於テ高等学校卒業者ト同等以上ノ学力アリト認メタル以上ハ之カ入学ヲ許可スルノ途ヲ開キテ然ルヘシ然レトモ特ニ女子ノ為ニスル大学ノ制度ヲ立ツルカ如キハ未タ其ノ時期ニアラスト認ム蓋シ女子ノ専門学術教育ニ付キテハ今日尚試験ノ時代ニ属ス殊ニ女子ノ為ニ特種ノ大学制度ヲ設ケムトスルガ如キハ其ノ制度ニ関シテモ尚十分ノ研究ヲ要スヘシ〔略〕尚女子ノ為ニ専門学術ヲ教授スヘキ高等ノ学校ヲ設ケムトスル者アラハ亦其ノ途ヲ途絶スヘキニアラス而シテ現行専門学校令ニ依レハ此ノ種ノ学校ヲ設クルニ何等支障アルコトナク専門学校令ニ依拠シ女子ノ為ニ学術ノ蘊奥ヲ攻究スヘキ大学ノ実質ヲ具フル教育ヲ授クルモ亦可能ナルカ故ニ之ニ依リテ其ノ経営ノ歩ヲ進メテ可ナリ当局者ニ於テハ須ク女子高等教育ノ穏健ナル発達ヲ為サシムルニ適当ナル措置ヲ取ルヘキナリ」。説明するまでもないであろう。東北帝大の女子入学許可の挙や日本女子大学校創設は、全体として「試験」の段階である、「女子大学」という「特種」な大学を作りたいならば、専門学校令を活用すればいいではないか、という趣旨である。加えて、末尾にあるように、当局者には女子高等教育の拡大を勧めてはいるが、それも「穏健ナル」発達を保障するようなやり方で行え、と釘を刺している。焦点を大学観にだけ絞れば、第1に、大学とはあくまで「専門学術ノ教授」を行う場としてとらえられている。その上で、主査委員会は、そこへ女性が進学するということに関して全面的に否定しているのではなかった。しかし、そこへ女性を受け入れるという試みはなお実験的段階だと規定していた。第2に、「特ニ女子ノ為ニスル大学」すなわち女子大学の設置は「未タ其ノ時期ニアラス」と認識している。「実験的だ」という認識と「時期尚早」という判断とは、微妙に、しかし大きく違う。主査委員会の記録は残っていないので、詳細は不明だが、この微妙な違いと総会での議論とに注目して、若干のことを付け加えておこう。もともと女子教育に関して総会で委員たちが示した関心は、圧倒的に「徳育」の問題であった。それまで主として高等女学校で目指されていた「良妻賢母」の育成は今後どのようにあるべきか、それと並んで「日本国」の女性としてどのような徳性と自覚を持つべきか。「女子教育」といえばそのような課題が先ず存在する、というのが委員たちの認識であったと見られるのである。東北帝大総長として、女子入学を認めるという画期的な革新を遂げたはずの沢柳も、総会では遂に発言しなかった(この問題の前提にどのような女性―7―近代日本において大学の本質はどのように考えられてきたか

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