中部大学教育研究11
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会がある点にある。少なくとも東京帝国大学は、この利益を享受している。<並存論>「要スルニ制度ニ於テ余リ事実ヲ曲ゲルト云フコトニ致シマシタ所デソレ程ノ効果ハ見エナイ、依ッテ先刻来段々オ話シノアリマシタ通リ例ヘバ総合大学又単科大学ト云フモノハ之ヲ認ムルヤ否ヤ、無論私ハ両方トモ認メテ綜合単科ト云フモノヲ両方併行スルト云フコトハ当然ノコトト思ヒマス・・」(鎌田栄吉)〈本体論〉であげた江木の意見は、典型的なヨーロッパモデルの総合大学論であり、山川の論は、半ば帝国大学擁護論であった。これに対して鎌田の並立論は、慶應義塾という私学を代表する委員にふさわしく、単科にしかなれない私学の擁護論でもあった。この他、工学者の古市公威は、「工学教育に関しては単科大学の方が効果が高い」と論じた。意見分布はかなり複雑であったが、公立・私立大学の出現が前提とされていた以上、<本体論>の主張者さえ単科大学を否定することは困難だったと見られる。本体論者の江木すら、単科大学誕生の可能性については肯定していた。理由・根拠の区別はともかく、このときの総合大学論は、大学という組織の不可欠の要件に「多学部・多学科の併存」をあげるものであった。極論すればそれに過ぎなかった。本シリーズで紹介した20世紀初頭における外山正一の「教育制度論」の総合大学論よりもはるかに形態論的なレベルにとどまっていた。とはいえ、これは「私立大学を認めるか否か」という重大な政策論議に直結するトピックだったから熱心な議論を呼び起こしたのであったし、他方、この政策論をバネに、いわば「イデオロギーとしての総合大学論」がこの時期に確定した。なお、山川の<メリット論>に関連して、答申文には、次のものがある。「総合大学ニ在リテハ十分ニ各分科間ノ聯絡ヲ保タシメ綜合ノ実ヲ挙クルニ遺憾ナカラシメムコトヲ望ム」(主査委員会案、八)。大学の「研究」「学習」機関性への着目と学生観の変革〈大学は「学術研究」の場であると同時に「学習」の場である〉ということが確認されたのも、この時期であった。この確認は、①「学術研究」は教員のミッションであるが学生のミッションでもある。②「学習」の主体は学生であり、大学はそのための制度的要件を整えるべきである、という二つの命題に纏めることができる。両命題を認めるか否かは、教育調査会と臨時教育会議の双方で特に焦点となったテーマであった。これについてはこれまでも多くの著作が触れており、詳説する必要はないと思われる。*読者の目に触れにくい著作であるが、特に『東京大学百年史通史Ⅱ』(1985)の207~284頁にはかなり詳細に触れられている。東京帝国大学内部の教育改革と密接に関連したからである。改革経過や論議について詳しく触れる余裕はないので、先ず改革とそれに関わる答申原案を、箇条書き的に記しておこう。①「分科大学ニ研究科ヲ置キ分科大学卒業者ヲシテ引続キ研究ニ従事スルヲ得シメ及分科大学ニ於テ適当ト認ムル者ヲ収容シテ研究ニ従事スルヲ得シムルコト一分科大学ノ研究科ニ入リタル者ハ他ノ研究科ニ就キ研究スルヲ得シムルコト」(主査委員会本文案)。②「大学ニ於テハ受動的学習ノ風ヲ改メ学生ヲシテ教授指導ノ下ニ自ラ研究セシムルノ方針ヲ取ラムコトヲ望ム」(主査委員会希望事項、二)。③「成ルヘク学級制ヲ廃シテ科目制トナシ学生ヲシテ其ノ選フ所ノ科目ヲ学習セシムルノ途ヲ開カムコトヲ望ム」(同上、三)。④「科目ノ種類ニ依リテハ並行講義ノ制ヲ設ケムコトヲ望ム」〔同上、四)。⑤「試験ハ点数ニ依リテ其ノ成績ヲ評定スルノ制ヲ廃セムコトヲ望ム」〔同上、六)。上記のうち、大学制度全般に大きな影響を与えたのは、①の研究科必置原則であった。学部というからには必ず研究科を設けなければならない、というこの原則は、「学部も(教員の集合組織であるからには)研究組織である」という認識と、さらに「そこに在学する学生もまた研究の主体だ」という前提とがある。これは、従前の「分科大学」時代にはなかった考え方であった。必置原則の根拠について、主査委員長小松原英太郎は、「分科大学ニ於キマシテハ其大学ヲ卒業シ、引続キ研究ニ従事セントスル者ノ為ニ必ズ研究科ヲ置クコトヲ必要トスル、必ズ研究科ヲ置カネバナラヌモノデアル、斯ノ如クシテ初テ学術ヲ授クルト学術ノ蘊奥ヲ極ムル目的トハ大学ノ職能ヲ全ウスルコトガ出来ルノデアリマス」と説明している。この説明から分かることは、上記①の原則は、大学院をどう考えるかという発想からではなく、学部観、学生観の変革に基礎を置いたものだったということである。学部在学中の学生のミッションについては彼はまた次のようにも述べている。「大学ニ於キマシテハ学生ノ分科大学在学中ト雖モ常ニ学術ノ研究ヲ目的トスル―5―近代日本において大学の本質はどのように考えられてきたか

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