2015世界に羽ばたいた中部大生
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9はせがわひであき青年海外協力隊員(JOCV)長谷川秀明さん中部工業大学工学部電子工学科1982年3月卒業活動した国と期間:中華人民共和国1988年3月~1990年3月職種:電子計算機所属先:遼寧省鞍山市鐘表総廠模具車間(時計工場金型部)活動中の想い出:日本で5年ほど働いてからの参加でした。一人前の技術者気取りで赴任しましたが全く役に立たず、自信喪失、挫折の連続でした。当初は会社まで辞めて何しに来たのか?と自問自答の日々。言葉も通じず最初の頃は筆談のみ(中国は漢字文化なので助かる)。半年くらいが過ぎ、徐々に問題点を見つけては提案、業務改善を行ってきました。その頃から語学力も急激に伸び、一年後には普通に会話ができるまでになりました。現地には日本人はあまりおらず、日本語熱が盛んな頃でしたので、休みの日には日本語学校へもよばれ、名古屋弁で日本語を教えていました。熱心な生徒に請われ、毎朝5時、眠い目をこすりながら近くの公園での青空早朝講義も懐かしい思い出となっています。在学生へのエール:名古屋出身者は、地元志向が強く海外に興味を持つ人が少ないようです。それはそれで幸せな人生を歩めるかもしれません。しかし好奇心こそが人生を豊かにしてくれる原動力であると私は思っています。どんなことでも恐れずに最初の一歩を踏み出せれば、それは80パーセント成功だと言う人もいます。海外での生活はたしかに危険もありますが、国内では得られないもの、自分に返ってくるもの、いろいろあります。(たとえば海外業務経験が技術士の資格取得に役立ちました。)若い皆さんは一歩を踏み出すバイタリティを持っているはず。それだけが経験の乏しい若者の強みです。少しの勇気をもって一歩前へ!マニラ仕事中の息抜きバースデイパーティ最近の業務マニライギリス人専門家と現地調査(入札図書作成業務)ヤンゴン(鉄道信号設置)(施工管理)協力隊活動金型工場(中国製ワイヤカット放電加工機)27年前の工場の様子(残念ながらその後倒産)日本語教室の生徒たちとやまもとしゅうぞう青年海外協力隊員(JOCV)山本修三さん中部工業大学工学部電子工学科1982年9月卒業活動した国と期間:リベリア共和国モンロビア市1982年8月~1985年7月職種:電子機器所属先:モンロビア職業訓練学校活動中の想い出:空港で最初に迎えてくれたのが、自動小銃を持った黒人兵士でした。軍事政権下で兵士がのさばり、夜はしばしば銃声がする街だったのは大変なショックでした。学校での生徒たちはまじめで一生懸命でした。休み時間も放課後もテレビとかの修理を行っていました。生活がかかっていますから。家と学校の周りには危険な動物もいっぱいいました。ある日の朝、実験用のテーブルにコブラがとぐろを巻いていたことも。夜はさそりが出てくるので、懐中電灯は必需品でした。リベリアは小さな国(北海道程度)ですが、11もの民族があり、都会では道を隔てて別々の民族ということもあります。毎年6,7月は民族の成人式があり、男は彫り物、女の人は白塗りで1ヶ月ほど過ごします。都会でも変りません。在学生へのエール:私は2年留年して、遅れついでにと協力隊に参加した。英語は中学2年程度のレベルで十分。言葉なんてただの道具、現地で覚えるよ。やろうという気持ちだけあれば、何とかなる。技術と知識は高卒レベルでOK。アマチュア無線QSL(交信証)の表紙(授業風景)成人式に招かれて実習風景

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