GLOCAL_Vol19
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4モンゴル牧畜社会の資源管理における社会心理学的課題の検討国際人間学研究科 心理学専攻 教授坂本 剛(SAKAMOTO Go)名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士課程修了。博士(心理学)。専門分野は社会心理学・環境心理学。主に自然資源の管理に関わる人々の協力行動や合意形成,制度の受容などについて研究している。『資源管理における行政への協力意図に関する地域と都市の住民比較:内モンゴルの草原管理を事例として』で2018年度日本グループ・ダイナミックス学会優秀論文賞を受賞。著書(共著)に『近現代モンゴルにおける都市化と伝統的居住の諸相』(東北アジア研究センター叢書)などがある。(Fernandez-Gimenez, 2002; Kamimura, 2013)。しかしこうした柔軟な資源利用は,Ostromの設計原理の第一原則を反映しているCBNRMと矛盾してしまう。集団の境界と互酬性規範 社会心理学分野で発展してきた集団研究の知見からは,集団成員性が集団間葛藤に結び付きやすいことが示唆される。Tajfel(1959)はどのような形であれ集団の境界が強調されると,人々は所属集団の成員として自己をカテゴリー化し,自動的に集団間の比較を行うことを明らかにした。さらにこうした自己カテゴリー化に基づく集団間比較は社会的比較を生じる。社会的比較過程では人びとは,好ましい自己イメージを維持・高揚するように動機づけられ,内集団の優位性を保持し促進するような比較を行い,さらに行動面でも外集団に対して不寛容になったり,不利な報酬分配を行ったりなどの差異を生じさせる(Tajfel & Turner, 1979)。その結果,集団間葛藤が生じ,集団間紛争などに発展していく。 社会的アイデンティティ理論として提唱されるこのような一連のプロセスが示す現象は実社会の集団間対立などに見出すことができるが,この理論の知見が持つより大きなインパクトは,集団間の葛藤は敵対心が全く存在しない状況でも見出されるという点にある。すなわち現実の利害対立などがなくても,単なる線引きによって集団間の葛藤はもたらされる。社会心理学をベースにした環境心理学研究 筆者はこれまで環境問題と人間活動の関わりに関心を持ち,主に社会心理学をベースにした環境心理学研究に従事をしている。われわれの社会はどうすれば自然環境を上手に管理できるのかという問いをめぐって,適正な資源管理のための人々の協力行動と規範に焦点を当てた研究や,資源管理制度の公共受容に関する研究,そして環境保護に結び付く態度や行動に関わる個人内の過程に関する研究に携わってきた。学問分野としての環境心理学の目標及び射程は幅広く,その中には「環境配慮的行動・規範・態度,そしてパーソナリティに関する理論構築」「持続可能性と気候変動に関する心理学研究」「資源管理と危機の心理学的側面の探求」が含まれており,これらはとくに「心の社会性の解明」を目指す社会心理学研究と親和性が高い。本稿では実際のフィールドでの資源管理に際する協力行動と規範のダイナミックスについて,社会心理学分野で発展してきた理論をベースに筆者が現在も継続して行っている研究を紹介する。 本研究のフィールドであるモンゴルの牧畜社会では,コモンズ論の強い影響を受ける途上国開発支援政策のもと,持続可能性の向上と市場経済の進展が図られているが,それらによる弊害も懸念されている。モンゴルの牧畜は伝統的には遊牧に基づき,土地に明確な境界を設けない慣習的な資源共有の仕組みが存在していたが,土地の私有化を奨励する定住化政策の導入と,利用権の明確化とによる移行期的な問題が生じている。コモンズ論の展開とモンゴルの資源管理 途上国支援での資源管理政策における有力なテーゼとなったのはHardin(1968)による共有地の悲劇の議論であるが,Hardinの見解と後のコモンズ論の主張は,資源管理問題を社会的ジレンマ状況の一種とみなし,解決策として所有権レジームの効果性を重視するという点で一致している。すなわち所有権を持つアクターは持続可能な管理方法を採用し,結果的に適正な資源管理が行われるとする考え方である。 コモンズ論の研究成果はOstrom(1990)らによって共有資源の適正管理における制度の設計原理として整理され,世界銀行などの巨大組織による資金援助のもとで進む途上国の資源管理政策のなかで地域の人々を中心とした自然資源管理(以下CBNRM)として実行に移されている。Ostromは,権利を付与される利用者の範囲を明確にすること,すなわち境界線を引くことを適性管理の設計原理の第一番目に挙げている。資源管理を合理的な制度デザインという面から考えると,管理において権利を認められた資源と利用者の範囲を明らかにすることが求められる。 一方,モンゴルの移動牧畜は資源の柔軟な利用形態を採用しており,資源の範囲と集団成員の範囲の両方の境界は曖昧で透過性が保たれ,さらに重複することも認められている

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