GLOCAL Vol.18
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14ペットロスと日本人 ―現代の死生観を探る―国際人間学研究科 心理学専攻 博士前期課程1年伊木 治子(IKI Haruko)1967年生まれ,愛知県小牧市出身。1992年日本大学農獣医学部獣医学科卒業,獣医師。2002年カルミア小鳥の病院開業,2015年武蔵野大学通信教育部人間科学科心理学専攻卒業,認定心理士。小動物臨床分野では数少ない,「小鳥の治療」に携わる獣医師である。また,ペットの飼育から看取りまで,飼主の心のサポートにも力を注いでいる。sを学ぶ機会は少ない。ペットの病気や死に対する不安や悲しみ,怒りなど,様々な「気持ちの流れ」を調査することで,獣医療に新たな視点が生まれるのではないかと考えた。 修士論文のテーマは「飼主が体験する伴侶動物(ペット)喪失過程についての質的研究」である。研究協力者は,犬・猫・小鳥(飼育上位3種)の飼主で,ペットを亡くして3ヶ月~約1年の成人男女数名である。半構造化面接法によるインタビューを行い,ペットがどのような存在であったか,看取りから亡くなるまで,また,亡くなってから現在までの気持ちを聴いている。現在までに7名の調査を実施し、M-GTAによる質的分析中である。 発表の際,「先人たちの言葉を疑ってかかるべき」というご意見をいただいた。M-GTAでは,生データから概念やカテゴリーを生成し,目的であるプロセスを明らかにするため,出来上がる理論はデータに根差したものとなる。逐語録は宝である。分析結果がどのようなプロセスを作り出すのか、心待ちにしている。参考文献アルフォンス・デーケン(2011)新版死とどう向き合うか,NHK出版木村祐哉ほか(2016)ペットロスに伴う死別反応から医師の介入を要する精神疾患を生じる飼主の割合,獣医疫学雑誌,20,1,59-6    島薗進・竹内整一[編](2008)死生学[1]死生学とは何か,東京大学出版 鈴木岩弓(2020)memento mori-死を想え-,https://gacco.org/樋口和彦・平山正実(1985)生と死の教育―デス・エデュケーションのすすめ,創元社 ペットの死は,家族,親しい友人,近親者の死とともに,死生学的には「小さな死」とされ,自らの死である「大きな死」とは区別される(樋口,1985)。人は生きているうちに幾つもの「小さな死」を体験する。それは,死を身近に捉えて生と死の意味を深く考え,自分自身の死,愛する人の死にどう備えるかという心構えを学ぶ教育,死への準備教育である(デーケン,2011)。動物病院では,今日も,明日も,様々な死別がある。自分の仕事はまさに「死生学」だと理解したときの感動は忘れ難い。70代女性。セキセイインコ(左)と死別後に手作りの人形(右)を携えている。「愛しくてしかたがなかった」という。 動物たちは,人から与えられた役割で呼び名が変化している。番犬やネズミ捕りの猫は使役動物,のちに,ペットは愛玩動物となり,現在は「伴侶動物」と称される。日本では,近年,小型犬や猫が増加傾向にあり,室内飼育が多い。室内飼育は,ペットと時間空間を共有しやすいためコミュニケーションが円滑になるが,ペットとの一線を引きにくくなる。 「ペットロス」とは,ペットの死亡や遁走などによる動物との離別である。心理学的には対象喪失(object loss)の1つで様々な悲嘆反応を伴う。抑うつ,罪悪感,感情鈍麻,倦怠感,食欲・睡眠障害,集中力の低下などが現れ,ペットとの死別後3ヶ月~1年続くことがある。最近はこの悲嘆反応が重症化しているという。要因として,飼主の年齢,動物との関わり方,家族機能(木村他,2016),ペットの種類,飼主自身の死別体験などがある。日本人の死生観 ペットへの安楽死は,欧米と比べると日本ではかなり少ない。日本人は「死なせることが可哀そう」と捉え,最後まで看取る傾向がある。それは,人を動物や植物の生命と連続したものとして捉える思想「アニミズム」に関連するかもしれない。また日本人は,生と死を表裏一体と考える傾向がある(島薗,2008)。日本人の62.1%は霊魂の存在を信じ,24.2%は人間以外の生物にも霊魂が宿ると信じているという(鈴木,2020)。獣医療における 死の準備教育のために 「小さな死」の経験が少ない飼主と,数多くの「小さな死」の経験を積んでいる獣医師とでは,死に対する感覚に大きな隔たりがある。しかし,獣医師が飼主への心理学的ケア

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