GLOCAL_Vol17
5/12

2020 Vol.172020 Vol.173確保することと、安定的に存続することは、必ずしも同義とは言えず〔平井2017:53〕、現代沖縄の村落祭祀の現状について考察するためには、祭祀組織に所属する神役個々人の実践や、海を越えた神々との関わりについても、着目する必要がある。引用文献島村恭則1993「民間巫者の神話的世界と村落祭祀体系の改変 —宮古島狩俣の事例—」『日本民俗学』194 日本民俗学会仲松弥秀1983「御嶽」沖縄大百科事典観光事務局『沖縄大百科事典 上巻』沖縄タイムス社平井芽阿里2012『宮古の神々と聖なる森』新典社平井芽阿里2017「岐路に立たされるコミュニティ―宮古島の祭祀組織の生成と再編成を事例に」秋津元輝他編『せめぎ合う親密と公共 : 中間圏というアリーナ』京都大学学術出版会外間守善他編著2011『定本琉球国由来記』角川学芸出版 2000年以降、西原でも神役の数が減少し、村落祭祀の維持が困難となっている。西原では、子育てや仕事との両立、本人に加え家族への負担を少しでも軽減するため、神役の任期を10年から3年に縮小したり、本来は神役の干支に合わせた日取りで行う村落祭祀の日程を全て土日に変更したり、同じ内容の村落祭祀を同一日に実施することで、年間日数を減らす、などの対策をとってきた。結果、2020年現在でも、かろうじて年間45回以上もの村落祭祀を継続している。 しかし、先述したように、本来は、村落の神々に関することは変えてはならないはずである。それでは西原では、どのような方法で神々の禁忌を克服してきたのだろうか。神々との連携で改変 西原では、現在は主食としていない粟や麦の祈願も、伝統的な手法を守りながら行うなど、村落祭祀の内容や供物、儀礼の手順や神歌の内容など、〈始原遵守理念〉を保持しながら村落祭祀を維持している。 一方で、時代変化に伴い、変えなければならないこと、変わっていくことには、柔軟に対応している。例えば、神役の人数が少なくなったことによる、止むを得ない御嶽で携帯電話の使用や、車での巡拝、祈願中の着物の着用を動きやすい着物風の洋服に変えることなどである。ただし、これらも含め、何か一つ変える度に、それがどのような些細な事柄であっても、神々に「報告するための祈願」を行っている。なぜ変える必要があるのか、どのように変えるのか、全てを神々に丁寧に説明し、報告し、許可を得てから、慎重に変えるのである。 以前は、神々と直接交流することができると信じられている「ムヌス(ユタ)」と呼ばれる民間巫者に、神意を伺うことが一般的であった。しかし、変化を重ねる中で、神役からも神々に語りかけ、判断を仰ごうとする積極的姿勢が見られるようになった。 村落祭祀を維持することは、御嶽を通じた神々との関わりを繋ぐことでもある。男性神役の役割 ところで、沖縄の村落祭祀や祭祀組織の研究は、女性の霊的優位性から、女性中心に述べられてきた傾向にある。では、男性についてはどうであろうか。西原では、男性は50歳になるとナナムイに加入する。7年間神役として、年間45回以上ある村落祭祀のうち、年6回のみ参加し、補佐的な役割を果たす。年に1度、男性神役を中心とした「ミャークヅツ」という航海安全、五穀豊穣、健康を祈願する豊年祭が4日間かけて行われる。ミャークヅツでは、「五穀豊穣旗」などの5つの旗を担ぎ、集落が「ユー(世・幸福・幸・豊穣)」で満ちるよう、旗を地面に打ち付ける「地鳴ならし」をしながら、歌い踊り、パレードをする。 また、ミャークヅツでは、「マスムイ」も行われる。マスムイとは、西原の新生児を特定の御嶽の神々に登録する儀礼である。マスムイを行う御嶽には、「帳簿の神」が祀られており、西原出身者は、帳簿の神が持つ帳面に名前が記載されると、神の世界での「戸籍登録」が済んだことになり、一生分の守護が約束されることとなる。神々との海を越えた繋がり 実は男性神役は減少しておらず、毎年、50歳になる男性のほとんどがナナムイに加入している。2020年度、ナナムイに加入する男性は、12月末に行われる「入学式(加入式)」を控え、宮古島以外に住む家族を総動員すべく、チケットの手配に追われている。 そしてこのような男性のナナムイを支えているのは、県外在住者でもある。愛知県名古屋市には、出稼ぎや集団就職、縁故を機に移住した宮古島の西原出身者が多く在住している。数ヶ月おきに名古屋市内の宮古島料理店で開催される「オジーの会」という名の勉強会では、故郷西原の神役に就任した男性達が、方言での挨拶や踊りの方法、村落祭祀の作法について勉強する。彼らは年に6回、仕事を休み、神役として故郷の村落祭祀に参加するのである。父がなぜ頻繁に宮古島に行くのか、理由を知らない名古屋で生まれ育った子ども達もまた、西原の神様の帳面に記載されている。つまり、西原の神々の守護の範囲は、県外で生まれた西原の血を引くものにも広く及んでいるといえる。 以上のように、祭祀組織が安定的な成員を図1. 宮古島西原のミャークヅツ

元のページ  ../index.html#5

このブックを見る