GLOCAL_Vol17
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2国際人間学研究科 国際関係学専攻 准教授平井 芽阿里(HIRAI Meari)立命館大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了(文学博士)。専門は文化人類学・民俗学。主なフィールドは日本と沖縄。沖縄の聖地と神々、県外移住者、シャーマニズム、学校のフォークロアについて研究。著作に『宮古の神々と聖なる森』(新典社、2012年)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社、2018年)などがある。現代沖縄の神々と村落祭祀の現状―宮古島西原の村落祭祀を事例に―となっている。 また、西原の村落祭祀は、年間45回以上行われており、準備なども含めると、週に2、3回、御嶽に通うことになる。さらに、神々の事柄は家族よりも優先されるため、夫が病気で入院していても、子どもが熱を出していても、神役に選ばれた女性は、御嶽に行かなければならない。加えて、神役には死の穢れに関する行動規制もあり、葬儀への参加が憚られるなどする。村落祭祀の現状―西原の状況 近年、奄美、沖縄、宮古、八重山諸島の各地で、村落祭祀の維持が困難となっている。それは、過疎化や人口の流出、神役になりたがらない女性の増加によって、祭祀組織への加入者が定員に満たない状況が続いているためである。 南西諸島の各地では、村落の神々に関する事柄には「過去(理念的な〈始原〉)から伝えられている状態のままに維持されねばならないとする〈始原遵守理念〉」が働いている〔島村1993:103〕。神々に関する事を変えることは絶対的な禁忌である。それは、改変に関わった自治組織の成員や神役間、地域で起こる災いやトラブル、病気や怪我、事故や災害、些細な悪い出来事であっても、その全てが「神々への禁忌を破ったためではないか」と解釈されることになるからである〔平井2012:245-246〕。そのため、南西諸島の各地で、神々への禁忌や伝統を保持しようとするあまり、すでに途絶えてしまった村落祭祀も多い。沖縄の聖地―御嶽(うたき) 沖縄には「御嶽(うたき)」という、神々が宿ると信じられている聖地が点在している。御嶽とは王府が与えた聖地の総称であり、地域によってはおがみ山、ムイ(森)、グスク、ウガン、オン、スクなどとも呼ばれる。〔仲松1983:294〕。1713年に編纂された『琉球国由来記』には、900箇所以上もの御嶽が掲載されている〔外間他編著2011〕。 御嶽は木々が密集し、森のようになっている場所や、鳥居や祠が建ち、世界遺産や観光地になっているところもある。そのため、しばしば神社と混同されることもあるものの、御嶽は、本来は自由に立ち入ることは許されていない。琉球王国時代、御嶽に入ろうとした国の役職者が女装をした話、妊婦は胎児の性別が男である可能性から立入を禁じられた話などは有名である。 パワースポットブームの影響により、2010年以降、聖域である御嶽を荒らす観光客などが各地で問題となり、宮古島のある御嶽には「許可無く鳥居より先への立入りを禁ずる」という立て看板が掲示されている。御嶽はたとえ地域の者であっても、特に男性には、現在も固く閉ざされた禁域なのである。神々への祈り―村落祭祀(そんらくさいし) 御嶽が外部に開かれた場所でないのは、村の神々がまつられている空間であり、その神々を各地域ごとの神役や祭祀組織、自治体が村落祭祀を行うことによって、管理し、保持しているからである。村落祭祀とは、村落単位で行う村の神々へ祭祀儀礼のことであり、作物などの豊作や豊穣祈願、収穫祭、農作物の害虫を追い払う農耕儀礼や、悪霊や悪口を村落外に出す厄払い儀礼、大雨や台風などの災害から村を守るための安全祈願、航海安全と豊漁祈願、水の神々に感謝する祈願、村人の安全や健康への祈願などが行われている。 村落祭祀は主に女性が中心的担い手となる。これは、沖縄では、神々の前では、女性の方が男性より地位が高いといったような「女性の呪的・霊的優位性」の考えがあるためである〔比嘉1987:77〕。宮古島西原―ナナムイの神役 本稿では、沖縄県宮古島の西原(にしはら)という地域を事例に、御嶽の神々と神役との関わり、そして村落祭祀の現状について、簡単に報告する。 西原で生まれ育ったり嫁いできた女性は、一定年齢に達すると「ナナムイ」という名称の祭祀組織に加入することが義務付けられている。祭祀組織に加入した女性は、ナナムイの神役に就任し、村落祭祀の担い手となる。これまで西原に住む女性たちは、46歳でナナムイに加入し、56歳までの10年間、子育てや仕事との両立を果たしながら神役という大役を努めてきた。村落祭祀を担うためには、神々や聖地の名称、村落祭祀の行程、供物の配置方法、供える線香の数、神々に歌う神聖な歌である神歌などを体得していく必要があり、それは10年かけても学びきれないほどの複雑な内容

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