GLOCAL vol.15
5/20

2019 Vol.152019 Vol.153イ語、韓国語)、そして非アジアの言語(英語、スウェーデン語)およびトルコ語を対象に、味の表現の使用実態に関する調査を実施してきたが(武藤2017、2018ab、2019)、引き続き、検証を続ける。 以上でみた味に関する語彙体系の発達は、味覚という、私たち人間が共通に持つ普遍的な能力を土台としながらも、言語ごとに認知の多様性が生じることを示唆している。つまり、語彙によって符号化されている意味は、その社会・文化環境に適した情報処理を促す結果として生じている。【謝辞】:この研究はJSPS科研費JP16K02636の助成を受けたものです。基盤C:「味覚語彙における普遍性と相対性に関する研究」、(研究代表者:武藤彩加)引用文献(1)大橋正房他編著(2010)『おいしい感覚と言葉 食感の世代』,株式会社B/M/FT出版部.(2)瀬戸賢一(2003)『ことばは味を超える 美味しい表現の探求』,海鳴社.(3)早川文代(2006)「テクスチャー(食感)を表す多彩な日本語」,『豆類時報』52,日本豆類基金協会,42-46. (4)武藤彩加(2015)『日本語の共感覚的比喩』,ひつじ書房.(5)武藤彩加(2016a)「日本語におけるテクスチャーを表すオノマトペ-スウェーデン語と英語,および韓国語と比較して-」,Journal CAJLE Vol.17,Canadian Association for Japanese Language Education,64-86.(6)武藤彩加(2016b)「英語母語話者によるおいしさの表現-日本語との比較を通して」, 『広島国際研究』22,広島市立大学国際学部,105-115. (7)武藤彩加(2017)「味を表す表現における動機づけに関する一考察-生理的動機づけ,認知的動機づけ,および環境的動機づけ」,『日本認知言語学会論文集』18,日本認知言語学会,452-458.(8)武藤彩加(2018a)味を表す場面における「事態把握」に関する一考察―複数の言語との比較から,『比較文化研究』5,久留米大学 比較文化研究所,20-38.(9)武藤彩加(2018b)「タイ語母語話者による「味を表す表現」,CAJLE2018 Proceedings, Canadian Association for Japanese Language Education,181-190.(10)武藤彩加(2019)「味を表す表現の使用に関する一考察-対象言語学的観点から-」,『国際学部叢書』9, 広島市立大学国際学部,79-96.(11)Berlin, Brent; Kay, Paul (1969) Basic Color Terms:Their Universality and Evolution, University of California Press.味・味覚表現)、(5)tasty(旨味・味覚表現)、(6)flavorful(嗅覚・共感覚表現)、(7)fresh(素材特性・素材表現)、(8)delicious(味覚評価・評価表現)、(9)healthy(一般評価・評価表現)、(10)warm(温覚・共感覚表現)  以上のようにこの調査で、英語母語話者はおいしさを表す際に‘sweet’をもっとも多く使用した。‘crunchy’や‘soft’といったテクスチャーの表現がそれに続く。なお、日本語を母語とするわれわれがよく使用するおいしさの表現は、大橋(2010:43)によると次の10表現である。ジューシー、もちもち、うまみのある、コクがある、もっちり、香ばしい、とろける、焼き立て、サクサク、風味豊かな… 英語の調査結果と日本語とを比較すると、‘crunchy’と「サクサク」(擬音表現)、‘tasty’と「うまみがある」(旨味表現)、‘flavorful’と「香ばしい・風味豊かな」(嗅覚表現)にはともに同種のおいしさを表しそうだ。他に、‘soft’と「モチモチ」(硬軟表現)、‘warm’と「焼き立て」(製造プロセス)等にもともにあたたかさといった共通項が感じられ、関連性が感じられる。つまり日英語とも、甘味や旨みといった味そのもの(味覚)以外にも、歯ごたえ・柔らかさ・弾力性、あたたかさ(触覚)や、におい(嗅覚)といった様々な要素を「おいしい」と感じている可能性がある。英語のまずさ表現:saltyが表す意味 一方、まずさを表す表現については、次のような表現が使用された。(1)dry(辛味・味覚表現)、(2)bland(硬軟・共感覚表現)、(3)sour(酸味・味覚表現)、(4)bitter(苦味・味覚表現)、(5)salty(塩味・味覚表現)、(6)hard(硬軟・共感覚表現)、(7)oily(素材特性・素材表現)、(8)gross(一般評価・評価表現)、(9)tough(一般評価・評価表現)、(10)old(時・状況表現) 日本語で「塩辛い」がおいしさを表しにくいのに対し、英語ではsaltyがおいしさにもまずさにも使用されているという点が注目される。他に、dry(辛味)やhard・tough(硬さ)、sour(酸味)やbitter(苦味)もまずさを表す際に多く使用されるようである。それでは、次の日本語の辛味、塩辛さ、固さ、酸味、苦味を表す表現はどうだろうか。辛い、激辛、ピリ辛、塩辛い、しょっぱい、うす塩、ソルティ、固い、酸っぱい、サワー、苦い、ビター、噛みごたえのある、歯ごたえのある、ガリガリ、ゴツゴツ…これらの表現は、やはり日本語においてもまずさを表すことが多いのだろうか。さらに調査を続ける。韓国語母語話者のおいしさ表現:固さと柔らかさ さて、韓国語は、日本語以上に、オノマトペ(擬音語・擬態語)が豊富な言語であるといわれているが、日本語と同様、おいしさを表す際にテクスチャー表現が使用されるのだろうか。この点について調査を行った結果、韓国語においては表2のうち、「共感覚表現」が多く使用されるという結果を得た(武藤2015)。中でも、「硬軟」の表現でおいしさを表す例がもっとも多く、使用回数の上位1位2位とも「やわらかさ」を表すテクスチャー表現であった。その一方で、3位から10位の間には固さや歯ごたえを表す表現が続いたことから、韓国語では固さとやわらかさ、両方でおいしさを表す可能性がある。なお、日本語の硬軟の表現とは瀬戸(2003:52)によると次のようなものである。堅い、柔らかい、ふにゃふにゃの、ふんわりとした、噛みごたえのある、さくさくとした、ホロホロと、シャキッとした、ザックリ…ここには食品に対するマイナス評価のものも含まれるが、日本語の硬さ・柔らかさの表現もやはり多種多様である。生理学的普遍と認知の多様性:ヒトとしての共通性と文化により生じる差異 日本語の、特に食に関するオノマトペの豊富さには、味や食感に関する関心の高さがうかがえる。引き続き調査研究を重ねる必要はあるが、日本語は世界で最も味の表現が発達している言語のひとつであるという可能性もある。これまで、アジアの言語(中国語、タ

元のページ  ../index.html#5

このブックを見る