GLOCAL vol.15
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2国際人間学研究科 言語文化専攻 教授武藤彩加(MUTO Ayaka)名古屋大学大学院国際言語文化研究科日本言語文化専攻博士課程後期課程修了。博士(文学)。専門分野は現代日本語学(認知意味論)、日本語教育学。最近の科研費では、人間の普遍的な能力のひとつである「味覚」の表現を対象とし、言語間の異同について調査している。またその結果を踏まえ、味を表す表現に現れる生理学的な普遍性(cf. Berlin&Kay 1969)についても検証している。日本語のおいしさ表現と共感覚このように、日本語では多く「触覚」の語でおいしさを表すが、それは、オノマトペ(擬音語・擬態語)が豊富であるという日本語の特性とも関わる(武藤2016a)。英語母語話者のおいしさ表現:sweetとsalty 「触覚」の表現で味を表すという日本語の例をみたが、他の言語ではどうか。次に挙げるのは、武藤(2016b)で示した、英語母語話者を対象とした調査で使用されたおいしさの表現の一覧である。(1)sweet(甘味・味覚表現、表2参照(以下同))、(2)crunchy(擬音・共感覚表現)、(3)soft(硬軟・共感覚表現)、(4)salty(塩共感覚的比喩とおいしさ表現:触覚・嗅覚・視覚・聴覚のことばで味を表す 次に挙げる3つの表現にはある共通点がある。それは一体、何であろうか。(1)やわらかい味 (2)渋い色 (3)黄色い声 これらの表現はすべて、いわゆる文字通りの感覚表現ではなく、ある感覚が別の感覚の形容に使われているという点が共通している。つまり「やわらかい味」「渋い色」「黄色い声」は、それぞれ、もともと触覚を表す「やわらかい」が味(味覚)を、味覚を表す「渋い」が色(視覚)を、そして視覚を表す「黄色い」が声(聴覚)を表しているのである。ちなみに、文字通りに、つまり五感を直接的に表現すると次のような表現になる。(4)やわらかい感触、渋い味、黄色い色 このように、ある感覚が別の感覚の形容に使われる表現を「共感覚的比喩」表現といい、日本語だけではなく多くの言語にあることが知られている。なお、いわゆる五感(触覚、味覚、嗅覚、視覚、聴覚)の語が味覚を形容する際には、次の4つのパターンがある。(5)あたたかい味(触覚→味覚)(6)香ばしい味(嗅覚→味覚)(7)丸い味(視覚→味覚)(8)にぎやかな味(聴覚→味覚)日本語母語話者のおいしさ表現:触覚でおいしさを表す「テクスチャー表現」  以下では、具体的においしさの表現の用例をみていこう。日本語は食感を表す表現(テクスチャー表現)が豊富な言語であるといわれている。次の用例は、あるインターネット上の広告の例である。(9)柔らかなももの一枚肉を使用し、外はカリカリで香ばしく、中はジューシー。かむと口の中でジュワっと肉汁があふれ、しっかりと味付けしたサクサク衣の食感もくせになる。(日本マクドナルドホールディングスHP、下線は引用者) こうしたテクスチャー表現に関する研究は、これまで食品科学の分野で多くなされてきた。例えば以下に挙げる早川(2006:43)は、日本語の味のテクスチャー用語リストは445語であるとし、これは中国語の約3倍であり、フランス語の226語、フィンランド語の71語と比べても群を抜いて多いとしている。表1:早川(2006:43)による日本語のテクスチャー用語(一部)表2:瀬戸(2003:29)による「味ことば分類表」

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