GLOCAL vol.15
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12れない。 西アジアの歴史には、人間の希望・幸福・英知・先端技術だけでなく、人類の「宿しゅく痾あ」とされる戦争、民族・宗教闘争、疫病、自然破壊など現代社会と比較できうる事象を数多くみることができる。そのことが西アジアの文化遺産を歴史の「証人」として浮かび上がらせてくれるのである。西アジア考古学・文化遺産セミナー 私の現在のフィールドワークは、レバノンとイラク・クルディスタンで展開されているが、この2つの地域に関して昨年度2回の「西アジア考古学・文化遺産セミナー」を本学で開催した。第1回は、2018年10月19日に本学人文学部、大学院国際人間学研究科、および人間力創成総合教育センターとの共催でおこなわれた「レバノン・シリアの考古学研究最前線-学術調査と文化遺産学の視点から―」である。このセミナーでは、私のレバノンでの共同研究者であるレバノン国立大学のJeanine Abdul Massih教授をお招きし、彼女のレバノン(世界遺産・バールベック遺跡)とシリア(キュロス遺跡)における考古学調査の成果についてお話しいただいた。 レバノンは中東の小国(岐阜県ほどの大きさ)であるが、5つの世界遺産をもち、沿岸部と山岳地帯に分かれていて、「スキーとの海水浴が同時にできる」高低差をもつ国として知られる。その反面、1975年から1990年にかけて内戦状態にあり、かつて「中東のパリ」と言われた首都ベイルートは大きな被害をうけた。内戦終結から30年ほどへた現在、レバノンは復興への道を歩んでいる。 しかし、復興による建設や開発に伴い、多くの遺跡が破壊の危機にさらされている。遺跡は一度失われると二度ともとにはもどらない。失われる遺跡を救い出し、レバノンのダイナミックな歴史を復元するため、レバノンでの考古学プロジェクトは2014年に始まった。現在はベカー高原南部の考古学踏査に加えて、2018年からはフェニキア文化の港町であるバトルーン遺跡の発掘調査を実施している(図1)。現在、レバノンで活動している日本の考古学調査は、中部大学とレバノン大学の合同調査が唯一のものである。今後ともレバノンの文化遺産保護のため活動を継続してゆきたいと考えている。 また、2018年12月14日には、第2回セミナーとして「イラク・クルディスタンにおける文化遺産の最前線-スレイマニヤ文化財局・博物館の若手専門家を迎えて―」を本学と文化庁の共催で開催した。これは本学が文化庁から委託業務として実施した「イラク・クルディスタン自治区における文化遺産の保護と活用に関する国際貢献事業」の一環としておこなわれたものである。セミナーでは、Rawa K. Salih氏(文化財局職員)とPshtiwan L. Ahmed氏(博物館職員)にスレイマイヤ県での文化遺産活動について報告していただいた(図2)。参加した学生・教職員・一般聴衆の中からは、「クルディスタン地域が、思ったよりずっと安定していることを知った」、「貴重な文化遺産(遺跡)がたくさんあることがわかった」、「遺跡や博物館を守ろうとして多くの現地の人たちが奮闘していることが理解できた」などの声があった。 イラク・クルディスタンは、イラク共和国の北東部に位置し、イラクの中では例外的に治安の安定した地域である。クルド自治政府がコントロールしているこの地域では、2010年頃よりイギリス、フランス、ドイツなどの欧米の考古学調査団が続々と参入し、いまや「考古学オリンピック」の様相を呈している。この地域は、これまで政治的理由により考古学調査がほとんど行われてこなかったこともあり、学術的な「空白地帯」として学界の大きな注目をあつめているのである。私を代表とする考古学調査団は、2016年からヤシン・テペ遺跡という都市遺跡の発掘を開始し、世界最古の帝国である「新アッシリア帝国」時代(前8~7世紀)に関する大きな成果を上げている(図3)。例えば、2017年には、中庭をもつ大型邸宅とそれにともなう、「未盗掘」のレンガ墓を、2018年には楔形文字碑文をもつ青銅製首飾りを発見した。おわりに 西アジアは、遺跡の宝庫といわれる。それは換言すれば人類の歩みを教えてくれる貴重な場所である。また、考古学調査で重要なのは現地との人間関係である。今後ともレバノンとイラク・クルディスタンの活動を通して、現地とのつながりを大切にしながら、学界のみならず人類の歴史の復元に貢献してゆきたい。またこの活動が西アジアの文化遺産の重要性を日本の人々に伝えることになれば望外の幸せに思う。図1:レバノンのバトルーン遺跡の調査風景図2: 第2回西アジア考古学・文化遺産セミナー(イラク・クルディスタン)の様子図3: イラク・クルディスタンで調査をしているヤシン・テペ遺跡。後方がアクロポリスの丘で、手前が「下の町」

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