GLOCAL vol.12
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10第二次世界大戦下イギリスの大学研究者たち社会主義者G.D.H.コールの戦時社会調査、1941年-1944年図1:G.D.H.コール出所:Nuffield College Library, Oxford, Cole Papers, B/5/1「ナフィールド・コレッジ社会再建調査」「ナフィールド調査」とは、全国21都市の大学研究者(経済学者・地理学者など)と労働者教育協会の教職員ら約30名を調査班の主任とし、その下で複数の雇用調査員がフィールドワークを行う研究体制であった。コールは地方当局、民間企業、社会サーヴィス団体、労働組合などと驚くべき広範な連携を結び、イングランド・ウェールズ・スコットランドを含む全地域を対象に、戦争によって変化した状況を徹底的に草の根レべルで調査し、公式文書には登場しないような「社会史的事実」を把握しようと考えた。他方でコールは戦後に至るまで、著名な経済学者(T.バロー、N.カルドア、ジョーン・ロビンソンなど若きケインジアンたち)、労働組合指導者、産業資本家、ソーシャル・ワーカー、政治家等を一同にオックスフォードにはじめに第二次世界大戦下のイギリスで、ドイツ空軍による爆撃被害が顕著になるにつれ、チャーチル率いる戦時連立内閣の内外では早くも戦後再建の課題が検討されていたことはよく知られている。しかし、その責務の一端を担うことになった大学研究者の果たした役割については十分に解明されているとは言い難い。そこで以下、イギリスを代表する社会主義者G.D.H.コール(George Douglas Howard Cole, 1889~1959) が、戦時下にオックスフォード大学ナフィールド・コレッジで企図した壮大な社会調査(「ナフィールド・コレッジ社会再建調査」)を取り上げ、この調査活動と調査結果に基づく膨大な報告書群が、戦後のイギリス福祉国家建設の構想にどのような影響を与えていったのか考察してみたい。オックスフォード大学の G.D.H.コール第二次世界大戦に参戦したイギリスは、ナチス・ドイツのファシズムの脅威から民主主義を擁護する大義名分の下、総力戦体制を敷いた。その一方で、政府は国民大衆に戦争参加の犠牲を強いる代わりに、戦後には大量失業や貧困の心配の無い「より公平な社会」の再建を約束したのだった。戦時体制の下、コールをはじめとするオックスフォード大学の教授やフェローたちは、大学の存在意義をかけて戦時政府に協力姿勢を見せていた。コールはかつて1913年から1923年にかけてS. ウェッブたちの集産主義に対抗する先鋭的なギルド社会主義の理論家として活動していたが、それ以降もフェビアン協会での広範な活躍により高い知名度を有していた。しかし、1937年には「統一戦線」路線に転換し、さらにケインズ経済理論に接近し、中央計画機構の樹立に関心を寄せるなど、大戦中のコールは、新しい戦後社会のあり方を模索していた頃だった。1941年2月、コールはオックスフォード大学で「ナフィールド調査」を組織した。これは、第二次世界大戦による社会的・経済的・政治的変化を明らかにして、戦時期の危機を克服し、さらには戦後再建政策に根拠を与えようとする壮大な試みであった。「ナフィールド調査」は、政府と連携してスタートした点で異色の調査活動であったが、戦前の社会や戦争によって被る様々な変化を調査し、その報告書を政府・各省庁の官僚たちに一つの「指針」として提供することを目的としたのである。戦時体制下の変化は、やがて到来する平時の社会にどのような影響をもたらし、また戦後社会をどのように規定することになるのか、予測困難な時代にこそ、かつての第一次大戦後の失敗を二度と繰り返さないためにも戦後を見据えた検討が、まさにこの時期に必要とされていたのである。国際人間学研究科 言語文化専攻 准教授本内直樹(MOTOUCHI Naoki)2004年、英国ルートン大学人文学部大学院博士課程修了Ph.D.(歴史学)。専門はイギリス社会経済史。特にイギリスの戦後史、イギリス社会主義、労働者階級の生活史に関心を持っている。著書に、『二十世紀の都市と住宅―ヨーロッパと日本』(山川出版社、2015年、共著);論文「イギリス都市史研究の動向」『都市史研究』(都市史学会編)Vol.2. (2015)、山川出版社ほか。

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