GLOCAL Vol.10
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2017 Vol.102017 Vol.105かる。(『時代別国語大辞典上代編』)   神風の息吹(いぶき)のイと同音から「伊勢」にかかる。一説、イセツヒコが風を起した伝説があることなどから「伊勢」にかかる。(『岩波古語辞典』)   地名「伊勢」にかかる。伊勢が皇太神宮のある所であり、風がはげしいからという。一説に、神風の息吹(いぶき)の意で「い」にかかるとも。」(『日本国語大辞典』〔初版・第二版とも〕)   神風は神聖な風の意。伊勢は風のつよいところで、天照大神が鎮座するところから、その風を神風と称する。一説に、神風の息吹(いぶき)の意で、「い(伊)」にかかるとも。(阿部萬蔵・阿部猛両氏編『枕詞辞典』) すなわち、神のいる伊勢神宮がある伊勢は風の強い土地であり、だからこそ伊勢国風土記逸文に伊勢津彦の説話があるのであろうが、他方、息は風でもあるととらえられ、つまり、イ[息]は息の意にも風の意にも用いられるので、枕詞カムカゼノ[神風]は、イ[息]の音を持つ「伊勢」にかかる、という関係であるととらえられる。 そして、これらのカムカゼノ伊勢の例から見ると、動詞イフクの萬葉集の例は、伊勢の「渡(わたらひ會の)(斎いつきの宮みや)」や「(かむかぜ) 神風」とあるので、単に「吹く」意ではなく、「息吹」の意と見るのがよいと言える。さらに、「「いふく」ものは神で」(『古語大辞典』)とあるように、神の吹く息が風となると見られる。それが、枕詞カムカゼノ[神風]がイ[息]の音を持つ「伊勢」にかかる最も大きい理由であろう。息と風 日本書紀のイフキ[気噴]の例からは、そのイは息・呼吸の意と見られ、また、伊吹山の側からは、そのイは風の意かと考えられた。息は風の一種であるので、いや、風は神の吹く息ととらえられて、イは息の意にも風の意にも用いられるととらえるのがよい。 以上のように、伊吹山は、神の吹く息であるところの風が吹く山の意であると考えられる。(注)『古代語の謎を解く』〔第三章一〕聚名義抄・観法上六四[33ウ])に濁音化している。 また、鹿児島県の「指宿」は、「揖宿以夫湏支」(和名類聚抄・大東急本、薩摩国郡名、元和本「揖宿以夫須岐」)とあり、「揖」字はp韻尾が母音uを伴った二合仮名イフであるので、清音フのイフスキが本来であるが、「指イブ宥スシ又作宿」(文明本節用集・イ)のように、室町時代に下るとイブスキと濁音ブの例が見える。濁音化してイブになったので、訓ユビであり、かつ、字形の類似した「指」字を用いるようになったものと見られる。動詞イフク[息吹] 動詞イフク[息吹]の例もある。   ……渡(わたらひ)會の(斎いつきの宮みや)ゆ 神(かむかぜ)風にい吹(ふ)き (まと) 惑はし〈伊吹或之〉……(萬葉一九九)   呼イ―フ吸ク氣イ―息キ、似タリ(二)於朝霧に(一)。〔呼い吸ふく気い息き、朝あさ霧ぎりに似にたり。〕(日本書紀・雄略天皇即位前・図書寮本) 『岩波古語辞典』は、この萬葉集の例について「《イは接頭語》吹く。」とし、日本書紀古訓の例について「《イは息。上代はイフキと清音》息を吹く。呼吸する。」として、両者を別語と扱っている。けれども、『日本国語大辞典』〔第二版〕は、別語としながらも、萬葉集の例について「「いふく」の「い」を、接頭語ではなく「息」と見なし「いぶく(息吹)」と同義とする説もある。」(「補注」欄)とし、『古語大辞典』は、「万葉集の用例の「い」は接頭語とみる説があるが、これも単に風が吹く意ではなく、「いふく」ものは神で、風の神秘を説きあかす表現であったと考えられる。」(「語誌」欄)としていて、両例とも、清音フで、「息吹」の意と見るのがよいと考えられる(この点、後にも述べる)。枕詞カムカゼノ[神風] 枕詞カムカゼノ[神風]は、地名「伊勢」にかかる。   神かむ風かぜの〈加牟加是能〉伊勢の海うみの〈伊勢能宇美能〉大おひし石に這はひ廻もとほろふ……(古事記・神武・一三)   …… (かむかぜ) 神風の〈神風乃〉伊勢の国は〈伊勢能國者〉沖つ藻も並(な)みたる波に 塩気のみ香かをれる国に……(萬葉一六二)スキ   是神風伊勢國 則常世之浪重浪歸國也 傍國可怜國也〔是この神かむ風かぜの伊い勢せの国くには、則すなちは常とこ世よの浪なみの重しき浪なみ帰よする国くになり。傍かた国くにの可う怜まし国くになり〕(日本書紀・垂仁天皇二十五年三月)   神風伊勢國之 百傳度逢県之 拆鈴五十鈴宮所居神〔神かむ風かぜの伊い勢せの国くにの百もも伝づたふ度わたらひの逢 県あがたの 拆さく鈴すず五い十鈴すずの 宮みやに所ま居す神かみ〕(日本書紀・神功皇后摂政前)   神倭磐余彦天皇(略)勅(二)天日別命(一)曰「國有(二)天津方(一)宜(レ)平(二)其國(一)」(略)其邑有(レ)神 名曰(二)伊勢津彦(一)(略)啓云「吾以(二)今夜(一) 起(二)八風(一)吹(二)海水(一) 乗(二)波浪(一)将(二)東入(一)(略)」(略)大風四起 扇(二)挙波瀾(一)(略)古語云「神風伊勢國 常世浪寄國」者 蓋此謂之伊勢津彦神 逃令来往信濃國〔神かむ倭やま磐とい余はれ彦ひこの すめら天皇みこと(略)天あめの日ひわ別けの命みことに勅みことのしりて曰のりたまはく、「国くに、天あまつ 津の方かたに有あり。其その国くにを平ことむ くべし。」とのりたまひ、(略)其その邑むらに神かみ有あり、名なを伊い勢せ津つ彦ひこと曰いふ。(略)啓ま云をさく「吾あれ今こよひ夜を以もちて、八や風かぜを起おこして海うしほ水を吹ふき、波な浪みに乗のりて東あづま に入いらむ。(略)」とまをす。(略)大おほ風かぜ四よもゆ起おこり、波な瀾みを扇うちあ挙ぐ。(略)古ふる語ことに云いはく「神かむ風かぜの伊い勢せの国くに、常とこ世よ浪なみ寄よする国くに」といふは、蓋けだし此この謂いひならむや。伊勢津彦の神は、逃のがれて信濃の国に来ゆ往けりといふ。〕(伊勢国風土記逸文[萬葉集註釈]) 日本書紀(神功皇后摂政前)の例の「百もも伝づたふ」は「度わた逢らひ」の「度わたる」にかかる枕詞、同じく「拆さく鈴すず」は「五い十鈴すず」にかかる枕詞である。伊勢国風土記逸文の例は、信濃の国が風の国ととらえられることにつながる。(注) 枕詞カムカゼノ[神風]については、次のように言われる。   伊勢湾頭に吹く風は他地方と異りてその方向とか風の強さなどに於て異常なるものあり、夙により神風と呼びならはしたるならむ。伊勢の国名は磯の国即ち海添の国の義なるべく、その海岸に時々奇しき風の吹きすさぶより神風と負はせたるなるべし。風土記にいへる伊勢津彦の伝説もかかる天然現象よりいひ出でたるならむか。(福井久蔵氏『新訂増補枕詞の研究と釈義』)   伊勢の地は神のいる所であり、常に風の烈しい土地であるところから、伊イ勢セにか

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