GLOCAL Vol.10
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8看護師が怒りを経験するときくあり、怒り感情の喚起や表出に与える影響は複雑に絡み合っていることが推測される。たとえば木野(2000)は、日本人の代表的な怒りの具体的な表出方法として、感情的攻撃、嫌み、表情・口調、無視、遠回し、理性的説得、いつもどおり、の7つを抽出している。 しかし、元来、看護師はアサーティブに自己表現することが苦手である。自己表現のタイプは、アサーティブ、非主張的、攻撃的、間接的攻撃的 の4タイプに分類される(渋谷、2007)が、看護師がアサーティブに表現できない理由として、看護師は人の役に立ちたいという思いが強く、共感的で優しいナースであらねばならないという気持ちが強いため、看護師自身が自分のネガティブな感情を認めることなく抑圧してしまうためである(平木、2002)、と現在は一般的に考えられている。 最後に、人間の攻撃性の性差について、身体的攻撃性に関しては性差があまりみられないものの、女性が間接的攻撃(告げ口、相手の大事なものへの攻撃)の傾向を示すのに対し、男性は直接的攻撃(身体的・言語的攻撃など)を示す傾向にあることが科学的にも証明され(湯川、2005)、女性の攻撃性を否定していない。精神障害者の怒りの体験 職務上適切で相応しい感情の内容や表出のはじめに 看護師という職業は、患者と対面で接触し相手の感情を揺り動かしながらも、自分自身の感情のコントロールを求められる点で「感情労働」と言われている。 近年、看護職や福祉職職員等による患者に対する虐待と思われる行為が増えているが、これらに共通することは、患者(利用者)側に言葉によるコミュニケーションの障害があるため意思の疎通が図り難く、気持ちを通じ合うことが難しかったであろうということである。ケアを提供する相手と気持ちが通じ合えない時に何とも言えない感情に襲われ、懸命にやればやるほど報われない気持ちは増し、その報われない虚しさはやがて「怒り」や「憎しみ」に変わっていく、しかも周囲に助けてくれる人もなく孤立無援と感じる場合には予想もつかない破壊的な行動へ結びつくことは容易に想像できることである。  しかし、看護師は看護教育を受ける過程で、患者に対して怒りを表出することは看護師としてあるまじき行為であり、「決してやってはならない事」であると暗黙のうちに了解しているため、患者からどれほど理不尽な言葉を投げつけられてもじっと我慢して耐えてきたように思う。ただ、対患者場面において看護師が怒りをコントロールしていることは暗黙知・経験知にすぎず、日本では真に実証的な研究はこれまで見られなかった。そこで私は、看護師(特に精神科看護師)の怒りに興味を持ち始め、怒りに焦点を当て研究を始めた。怒りに関する先行研究 快-不快情動から分化した感情の1つである「怒り」は、集団を仮定しないと発生しないものである。怒りの感情は強度と負の性質が研究対象として俎上に乗せやすいと言われ、客観的に分析が可能と思われたことも、私が「看護師-患者」という対人関係間で起こりうる感情としての「怒り」に注目するようになった理由の1つである。 怒りは「自己/社会への、不当な、物理的・心理的侵害に対する自己防衛/社会維持のために喚起された準備状態」であり、攻撃性は「人に対して(身体的・心理的)危害を加えようと意図して行う行動」と定義されるが、怒りは攻撃的な反応と結びつけて考えられやすく、「怒り=攻撃性」と混同されることが多い。また怒りは、負の側面(破壊的機能などの否定的側面)だけではなく、正の側面(建設的な関係構築などの肯定的側面)の機能ももっている。 Averill(1982)の研究以降多くの論文で、人は怒りを経験した時に攻撃的な反応を望む一方で、実際に行うことは少ないという結果が示されている。怒りを経験した後の反応が常に攻撃的であるとは限らず、非攻撃的な反応もある。怒り感情を喚起させる要因は数多生命健康科学研究科 看護学専攻 教授渋谷菜穂子(SHIBUYA Naoko)名古屋市立大学大学院看護学研究科(精神保健看護学分野)博士後期課程修了。博士(看護学)。専門は精神看護学、メンタルヘルス。看護師として外科、内科、小児科、精神科に勤務。病院勤務を経験するうちに心理学に興味を持ち、大学・大学院(修士課程)で臨床心理学を専攻。看護師-患者間で起こる感情、特に「怒り」に関心を持つ。現在、国際人間学研究科心理学専攻 博士後期課程に在学中。

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