GLOCAL Vol.8
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2016 Vol.82016 Vol.82016 Vol.87ら,通常の大学生活が送られていく様子がうかがわれた。震災に対するとらえ方には,個人差が大きくなり,その温度差に傷つく学生も存在した。特に,震災後大変な思いをした学生や元々不適応傾向が高い学生,何らかの葛藤を抱えながらなんとか学生生活を過ごしてきた学生などは,一般の学生と比べて震災後の再適応が容易でない場合がある。 また,ひとまずの区切りがつけられているように見える多くの学生にとっても,就職活動や修学上の困難,対人関係上のストレスなど,置かれた状況に変化が生じる中で,震災の影響が顕在化してくることがあった。震災によって生じたズレは,本人も気づかぬうちに時間経過とともにだんだんと広がっていき,何らかのライフイベントが生じた時に,大きなズレになっていたことにはじめて気づく。とりわけ,卒業・修了が迫る時期には,気持ちの揺れとも相まって,もう一度自分自身の震災以後の経験を振り返り,とらえ直しが必要となるような事例も見られた。今後の自然災害に備えて 本稿で振り返ってみたように,自然災害の影響は,しばらく時間をおいて様々な形で顕在化してくるものであり,災害発生からの時間経過によって,顕在化する問題の性質も異なってくる。支援者には,このような認識を持ち,その時々に合わせた対応が求められる。 また,自然災害というとPTSDと直結させて考えられやすいが,実際にはPTSDの治療を必要とするような学生は必ずしも多いとはいえない。しかし,すべての青年が何らかの意味深い体験をしており,そのような体験を抱えて大学生活どう乗り切っていくかということや,震災があったことを自分の人生の中にどのように位置づけていくかということを支える姿勢が,学生支援を行う側には重要と考えられる。〔引用文献〕岩井圭司(2006).各論1 自然災害(総論と災害前準備) 金吉晴(編) 心的トラウマの理解とケア 第2版 じほう pp. 63―73. また,震災以前から学生相談機関に継続来談していた学生の全てに安否確認と声かけのための連絡を行った。震災発生当時は,「絆」という言葉がよく聞かれたが,まさに震災によって断ち切られた継続来談中の学生との「絆」を結びなおす作業であった。震災後初期(震災後3ヶ月~1年以内)の影響と支援 震災発生から3ヶ月以降になると,震災直後のように本人の震災体験が来談時の主訴となるものばかりではなく,背景に震災の影響がうかがわれるものの,「家族関係」や「対人関係の悪化」,「就職活動の不安」など,表面的には訴えが多様化する傾向が見られた。また,震災により転居を余儀なくされ,その転居先でトラブルに巻き込まれる,震災後被災地でのボランティア活動で大きなストレスを体験するなど,震災から派生した出来事の影響を受けていると考えられる事例も散見された。このように,震災による直接的な影響ばかりではなく,間接的な影響を受けている事例の割合も徐々に増加していった。 さらに,震災の影響単体では何とか持ちこたえられていたが,卒業研究や就職活動のような急性のストレスが加わったことで,苦しくなり来談に至るというケースが見られた点も特徴的であった。実際に,震災から1年以内は,4年生や修士2年生の来談数が最も多く,現実的な課題に取り組まざるを得ない卒業期の学生は,震災の影響を特に受けやすい状態にあると考えられる。 被災の大きかった地域の出身者など大きな被害を受けた学生の来談が見られるのもこの時期であり,なかにはPTSD様の症状を示す重篤な事例も存在した。対応としては,必要に応じて,継続的なカウンセリングへの導入や,医療機関の受診へとつないだ。加えて,一時的な負担軽減が必要と判断された場合は,本人の了解を得たうえで指導教員と連携をとるなどの環境調整も適宜実施した。 自発来談学生ではないが,この時期に発生した特異的な事態としては,被災地でのボランティアに参加していた学生の不調である。被災地で積極的に活動していた学生ボランティアのメンバーに疲労感が見られはじめたり,メンバー間でのトラブルや軋轢が生じたりした。いずれも,学生主体のあまり組織化されていないボランティアの集まりであり,被災地復興への大きな志を掲げて活動していた。岩井(2006)は,被災者の心理状態において,震災直後~数週間あるいは数か月間を「ハネムーン期」とし,被災者間に独特の連帯感が生まれ,被害の回復に向けて積極的に立ち向かい,愛他的行動が目立つ時期としている。ボランティアに参加した学生たちも,被災県内の住民である以上広い意味で震災の被害を受けており,岩井(2006)にあるような,時期特有の高揚感や連帯感の高まり,愛他行動の促進が見られていたと考えられる。しかしながら,終わりの見えない活動であるという現実に徐々に気づきはじめ,また,周囲の期待や自分自身で思い描いていた理想が次第に心理的負担へと変化し,精神的疲労感やメンバー間の軋轢として問題が顕在化し始めたと考えられる。したがって,震災以後がんばり続けていた人に対しては,この時期で一度ペースダウンし,がんばり方の見直しについての支援が必要と言える。震災後中期(震災後1年以上経過後)の影響と支援 震災から1年以上が経過すると,震災に直接関係するような相談は激減した。学生の訴えは,「進路の迷い」や「気力の低下」などの形で表現されるようになるが,その背後に,震災の影響が潜在化し,現在直面している不安やストレス状態を底上げしているように感じられる事例が見られた。このことから,震災後中期の影響としては,震災の体験や震災後の環境変化が一種の慢性的なストレッサーとなり,急性ストレッサーへの脆弱性を高める可能性があると考えられる。 また,時間経過とともに,学生の震災体験は,個別化・複雑化していき,学生それぞれに固有の意味を持つ経験として抱えられなが

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