GLOCAL Vol.8
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2国際人間学研究科 国際関係学専攻 准教授加々美康彦(KAGAMI Yasuhiko)関西大学大学院法学研究科公法学専攻博士課程後期課程単位取得満期退学。修士(公法学)。専門は国際法、海洋政策。国土交通省「海洋管理のための離島の保全・管理・利活用のあり方に関する検討委員会」、環境省「海洋生物多様性保全戦略専門家検討会」をはじめ多くの委員を歴任。著書に『海洋保全生態学』(講談社、共編著)、『海洋境界画定の国際法』(東信堂、共著)など多数。海の境界法に基づき船長に有罪判決を下し、船体を没収した。条約上、カナダは公海上で他国漁船を拿捕できない。明らかな国際法違反であった。 スペインは直ちに国際司法裁判所(ICJ)に提訴する。しかし、カナダは上記行動をとる直前、ICJに対して、本件に関する訴訟には応じないとする宣言を済ませていた。結果、ICJは裁判管轄権なしとの判断を下し、カナダは放免となった(1998年エスタイ号事件判決)。 スペインの提訴から約半年後、いわゆる「ストラドリング・ストック協定」(国連公海漁業実施協定)が成立する。「ストラドリング・ストック」とは、EEZの境界を跨いで(strad dle)その内外双方に存在する法的33魚種で、まさにカラスガレイはこれに当てはまる。 協定交渉では、漁業規制措置をEEZの内外で一貫させるべきとの合意が生まれたが、EEZの措置を公海にも及ぼして一貫性を確保すべきとする沿岸国(遠浅の好漁場を持つカナダや豪州)と、(別途条約で設ける)公海の措置を沿岸国のEEZ内にも適用すべきとする遠洋漁業国(スペインや日本等)が鋭く対立した。 結局、いずれにも解釈できる玉虫色の規定ながら、「一貫性の原則」(第7条)という規定が導入され、一応の解決を見た。これが、私が大学院で最初に書いた論文の論題であった。「国連公海漁業実施協定第七条における一貫性の原則」『関西大学法学論集』第50巻4号(2000年)。Seamless Sea in the Political World 地球表面の7割を占める海は、シームレスに繋がっている。海水は約2000年かけて世界を循環するが(海洋大循環)、2011年の東日本大震災で海に流れ出した数百トンもの瓦礫がミッドウェー諸島周辺に到達するには1年もかからない。マリアナ諸島付近で孵化したレプトケファルスは、海流に乗ってフィリピン沖、台湾沖を成長しながら北上し、日本にたどり着けば川を遡上してウナギになる。北海道の川を下ってオホーツク海に出た鮭は、北太平洋、ベーリング海と移動し、アラスカ湾まで旅をした後、数年かけて北海道に帰ってくる。海に境界はなく、水も生き物も、旅券を持たずに自由に行き来する。 このように膨大な海とその資源を、人間が一括して管理することは困難である。そこで「海の憲法」とも呼ばれる1982年国連海洋法条約(以下、条約)は、海洋を、低潮線から12海里(約22km)までを領海、24海里(約44km)までを接続水域、200海里(約370km)までを排他的経済水域(以下、EEZ)、その海底を大陸棚、さらに200海里以遠の水域を公海、その海底を深海底というように分割して管理を行うとしている。 これら境界は、自然とは無関係に政治的に決定された距離に基づき引かれたものである。そして条約は、これらの海域毎に、沿岸国、寄港国、軍艦、潜水艦、商船…など、様々な行為主体が行使できる権限を、詳細(時に曖昧)に定めることで、管理制度を構築している。 しかしながら、海水も瓦礫も、レプトケファルスも鮭も、政治的に引かれた海の境界を遵守してはくれない。ここで、自然と政治が衝突する。私の専攻する海洋法-国際法の一部門である-が直面する大きなテーマの一つは、まさにこの自然と政治の衝突である。 本稿では、その幾つかを紹介したいと思う。Straddling Stock カナダ東端ニューファウンドランド州沖合には、グランド・バンクスと呼ばれる遠浅の好漁場が広がる。主に漁獲されるのはカラスガレイという白身魚である。カナダは、その分布範囲を囲い込むため、EEZ導入に最も尽力した国の一つである。念願果たしたカナダでは、1980年代後半以降、カラスガレイ漁がブームとなり、多数の漁船が魚を追いかけた。 しかし、カラスガレイはEEZの境界線に頓着せず、季節的にEEZを越えて公海に移動する性質を有する。これに着目したスペイン漁船が、大西洋を越えてカナダのEEZの外側の公海で濫獲を始めた。公海では沿岸国(カナダ)の管轄権が及ばないからである。 カナダではこれが大問題となり、政府はついに実力行使に出る。1995年3月9日、自国EEZのすぐ外側で漁獲していたスペイン漁船エスタイ号を(4時間追跡の末)拿捕し、自国

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