GLOCAL Vol.6
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7マックス・スタイナーの映画音楽にみる「ハリウッド式モティーフ」の確立とその発展的可能性期ロマン主義芸術音楽の特徴でもある色彩豊かなオーケストレーションの影響である。また、映画の登場人物や「モノ」などと音楽を適応させ、緻密な展開を行うという技術は、まさにヴァーグナーが楽劇で用いた様々な作曲技法の応用といえる。このようにスタイナーは、西洋芸術音楽の手法を映画音楽に応用することによって、独自の映画音楽を作り出していった。上記の特徴から、スタイナーの活動には通常、分断して捉えられがちである「正統な芸術音楽」と、大衆芸術である「映画音楽」を結ぶ方法論を指摘することができる。『キングコング』における 「ライトモティーフ」の手法スタイナーは、初期の代表作『キングコング』においてヴァーグナー風の「ライトモティーフ」を採用している。『キングコング』に登場する代表的なモティーフは、「キングコングのライトモティーフ」、「アンのライトモティーフ」、「南海の島のライトモティーフ」の三種類である。「キングコングのライトモティーフ」は、まさに巨大な怪物を表象するかのように、低音のゆっくりとしたテンポでの重々しい半音下降の音型で構成されている。それに対し、「アンのライトモティーフ」は、緩やかなテンポで、主に弦楽器によって優雅に奏でられる。「南海の島のライトモ映画音楽研究の射程「ハリウッド映画のような音楽」と形容される音楽形式がある。大規模なオーケストラ編成によるシンフォニックスコアや、登場物の挙手一投足に対応するように付けられた音(ミッキーマウジングとよばれる)、そして物語と関連性をもたせた音楽的モティーフの運用などがその代表的な特徴といえるだろう。では、このようなハリウッド映画音楽の形式はどのようにして確立してきたのか。そこで本稿では、ドイツにおけるロマン主義音楽(主にリヒャルト・ヴァーグナー)との関係性に着眼しつつ、映画音楽におけるモティーフ、とりわけ「ハリウッド式モティーフ」とよばれる音楽手法の確立について考察し、ハリウッド映画のみならず他の映像メディアへの発展的可能性についても検討したい。映画における 「音楽的モティーフ」の系譜「音楽的モティーフ」の意味を考える際にまず参照すべきは、西洋芸術音楽の音楽手法であるライトモティーフであろう。ライトモティーフは、後期ロマン主義音楽の巨匠リヒャルト・ヴァーグナー(1813-1883)が自作の楽劇で用いた作曲技法である。ヴァーグナーが規定するライトモティーフは、意味深い劇的瞬間や付随するテクストと連結しつつ、登場人物、事物、想念、感情を示唆する、明確な連想機能を持つ旋律因子である。ドラマ的モティーフに対応するこれらの旋律因子は、ドラマを通じて適当な文脈に変形されながら再登場することによって、さまざまな意味が付け加えられていくのみならず、ドラマに構造上の全体的な統一感を与えることになる。ライトモティーフは、アメリカに亡命・移民したユダヤ系作曲家であるマックス・スタイナー(Max Steiner,1888-1971)やエーリッヒ・コルンゴルトらの手によってハリウッドに持ち込まれ、1930年代以降、トーキー技術が一般化した映画において、常套的な音楽手法として確立していく。亡命ユダヤ人作曲家 マックス・スタイナー『キングコング』(1933)や『風と共に去りぬ』(1939)、『カサブランカ』(1943) など多数の映画音楽制作に携わったマックス・スタイナーはウィーンの劇場支配人一家の一人息子として生まれ、後期ロマン主義芸術音楽を代表する作曲家であるブラームスやマーラーによって、本格的な西洋芸術音楽の教育を受けていた。その影響は次のようなスタイナーの作風にみることが可能である。まず、スタイナーのスコアの特徴でもあるオーケストラを駆使した響きの重厚さは、後国際人間学研究科 言語文化専攻 助教尾鼻 崇(OBANA Takashi)立命館大学大学院先端総合学術研究科先端総合学術専攻修了。博士(学術)。専門は音楽学、情報人文学、ゲーム・スタディーズ。ゲームオーディオや映画音楽を主な研究テーマとする傍らで、文化財のデジタル・アーカイヴやニューメディアのインターフェイス論、ユーザー・エクスペリエンスデザイン、チュートリアルデザインなど知覚・認知に関わる感性学的問題にも強い関心を持っている。

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