GLOCAL Vol.6
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2015 Vol.62015 Vol.62015 Vol.610進させ、人間の苦悩を軽減する」という。すなわち、「不条理」な現実に対して、絶望に陥ってなにも行動を起こさないのでも、「正義」を掲げて「革命」を指向するのでもなく、一人一人が「越すことのできぬ一線」に対して「ノン」の態度を取り、「ウィ」の領域を守るために、「反抗」を行うことが求められるのである。暴力の連鎖が続くアルジェリアの現状において求められているのは、こうしたカミュの思想ではないだろうか。秩序の維持という正義を掲げて武装集団を殲滅するだけでは、暴力の連鎖は終わることはないであろう。一方、だからといって、社会的不正義の変革という正義を掲げるテロリズムを肯定してもならないのである。あくまで、暴力や殺人、テロリズムに「ノン」の態度を取りながら、一歩一歩、社会改善を進めていく「反抗」こそが、いまわれわれに求められている思想であるように筆者には思える。過激路線を取るグループは、1992年にGIA(武装イスラム集団)を結成し、治安機関や政府要人だけでなく、体制を支えるジャーナリストや教員、弁護士、医師なども攻撃対象にしていく。さらに、GIAは、外国人やGIAに与しない一般市民も攻撃対象にし、国内は内戦状態に陥っていく。1998年、GIA内部の路線対立から、GSPC(宣教と戦闘のためのサラフィー主義集団)が分離する。さらに、事態が変化するのは、2001年のアメリカ同時多発テロ事件であった。この事件の後、GSPCはアルカイダに合流し、AQIM(イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ)を名乗るようになる。今回アルジェリア人質事件を起こした武装集団は、GSPCやAQIMの流れを汲むグループであった。反テロリズムの思想ドイツの政治思想家カール・シュミットは、政治的な領域が「友/敵」の区別にあるとし(カール・シュミット『政治的なものの概念』)、さらに、非国家主体である「パルチザン」との戦いにおいては、従来の戦争法の「枠づけ」が適用されず、絶対的な敵対関係としての絶滅戦が展開されると指摘した(同『パルチザンの理論』)。アルジェリアで生じている暴力の連鎖は、まさにシュミットの不吉な予言通りの状況である。それでは、このような絶滅戦に至る絶対的な敵対関係を避ける方法はあるのだろうか。そのヒントをアルジェリア生まれの作家アルベール・カミュの思想に求めたい。1913年、アルジェリア北東部に生まれたカミュは、青少年時代をアルジェの下町で過ごし、アルジェ大学に進学する。1942年に発表した『異邦人』の成功で文学者としての地位を築き、1957年にはノーベル文学賞を受賞している。『異邦人』のテーマは、「不条理(l’absurde)」である。「不条理」とは、人間の意思や論理の世界と現実の世界との間の裂け目である。では、「不条理」に満ちた現実のなかで、われわれはどのように生きれば良いのだろうか。その回答こそ、カミュのいう「反抗(la révolte)」である。それでは次に、「反抗」をテーマとする小説『ペスト』を見ていこう。『ペスト』の舞台は、アルジェリア西部の港湾都市オランである。そのオランでペストが発生し、町は封鎖され、人びとは外部と遮断される。そして、日が経つにつれ、町では犠牲者の数が増大していく。オラン在住の医師リウーは、ペストに対する根本的な治療法が見つからないまま、それでも日々、医療・衛生活動に奮闘する。また、市民の間でも自主的な保健活動が広がっていく。リウーは、「(神に頼れない以上)あらんかぎりの力で死と戦ったほうがいい」という。もちろんそれは、「際限なく続く敗北」であろうが、「それだからといって、戦いをやめる理由にはならない」として、ただ自分は「自分の職務を果す」とつぶやく。ここで描かれているリウーの態度・行動こそ、まさに「反抗」の姿である。すなわち、ペストの流行という「不条理」に対して、絶望するのでも、ただ神に祈るのでもなく、たとえ勝利が不確かでも、死に抗うため、それぞれが自らの職務を果たすという態度こそが「反抗」なのである。なお、カミュは、『反抗的人間』において、「反抗」とは、「許しがたいと判断される侵害に対する絶対的拒否」 (ノン) と「正当な権利に対する漠然とした確信」(ウィ)に基づくとしている。すなわち、「反抗」には、「それは行き過ぎだ」とか「越すことのできぬ一線がある」というような限界の概念が存在するのである。そして、人びとの間の守るべきものの共通性によって、「反抗」には連帯が生まれるという。さらに、カミュは、『反抗的人間』で、「反抗」と「革命」の違いを説明している。すなわち、「革命」が「教義から出発し、そのなかに無理矢理現実を押し込め」ようとするため、「テロと現実に加えられる暴力を避けることができない」のに対し、「反抗」は、「現実を基盤として、真理への不断の闘争へと進む」ため、暴力やテロを付随することなく、「歴史を前

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