GLOCAL Vol.4
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18ている問題の実践的な解決のヒントになる可能性を持っている。その意味で、社会心理学が提供する「実践知」は、学生時代より、むしろ、社会に出てから力を発揮すると言える。 また、科学的思考は、経験(データ)を通して証明できる情報(科学理論)を信頼するという原則を基本としているが、社会心理学は、このような科学的な方法論を積極的に採用してきた。そして、さまざまな努力と工夫を重ねながら、「社会の中で生きる人間のこころ」に関するデータを収集・分析してきた。そのため、社会において現実に生じている問題を数値や言葉に置き換え、論理的に分析していくことを得意としている。 そこで今後は、教育、医療、福祉、製造、販売、サービス、営業、企画、事務など、さまざまな業務に従事する社会人が、自分が感じている現場の問題を、科学的な手法により自ら問い直すことを助ける場所に、本専攻がなっていくことを夢見つつ、本稿を終わりたい。引用文献Allport, G. W.(1954). The historical background of modern social psychology. In Lindzey, G. (Ed.)Handbook of social psychology, Vol.1. Cambridge, Mass: Addison-Wesley. Pp. 3-56.Asch, S. E.(1955). Opinions and social pressure. Scienti c American, 193, 31-35.Frattaroli, J.(2006). Experimental disclosure and its moderators: A meta-analysis. Psychological Bulletin, 132, 823-865.Gilovich, T., Savitsky, K., & Medvec, V. H. (1998). The illusion of transparency: Biased assessments of others’ ability to read one’s emotional states. Journal of Personality and Social Psychology, 75, 332-346.唐沢かおり(2012). 「成功」した学問としての社会心理学 唐沢かおり・戸田山和久(編)心と社会を科学する 東京大学出版会 Pp.13-40.Kruger, J., Epley, N., Parker, J., & Ng, Z-W.(2005). Egocentrism over e-mail: Can we communicate as well as we think? Journal of Personality and Social Psychology, 89, 925-936.Lewin, K.(1951). Field theory in social science. New York: Harper.Takahira, M.(2012). How do people feel and react when friends consult them?:Responses of non-professionals during consultations in daily life. Journal of Educa-tional Sciences & Psychology, 2, 84-95.高比良美詠子・伊藤真貴 (2013). 感情伝達時の顔文字使用が透明性の錯覚に及ぼす影響. 日本社会心理学会第54回大会発表論文集, 299.武田美亜・沼崎 誠 (2007). 相手との親密さが内的経験の積極的伝達場面における2種類の透明性の錯覚に及ぼす効果 社会心理学研究, 23, 57-70.Taylor, S. E. (1998). The social being in social psychology. In D. Gilbert, S. T. Fiske, & G. Lindzey(Eds.), The handbook of social psychology. Vol. 1. 4th ed. London, McGraw-Hill.. Pp.58-95.受け手に伝わっていると実際以上に思い込んでいる)ことが明らかになった。この現象は、「透明性の錯覚」と呼ばれている(Gilovich, Savitsky, & Medvec, 1998)。 また、このような透明性の錯覚は受け手の側にも存在しており、送り手の思考や感情を実際以上に受取れていると、受け手の側も思い込んでいる(武田・沼崎、2007)。これらの結果から、情報の送り手も受け手も、実際以上に、「自分は理解されている」「自分は理解している」と期待しあいながら、コミュニケーションを行っている様子が見えてくる。 なお、このような認識上のバイアス(歪み)がコミュニケーション場面において存在していることが明らかにされた後も、なぜそのようなバイアスが生じるのかという原因の探索や、このようなバイアスが強く生じる条件の検討が精力的に行われている。筆者(高比良)も、その一環として、インターネットを使った感情伝達時に生じる透明性の錯覚について検討している(高比良・伊藤、2013)。(2)個人間過程の研究例:相談行動 次に、個人間過程の研究では、「私たちは社会の中で他者とどのように関わっているのか」という問題が主に扱われており、他者への依頼や要請、他者に対する援助や攻撃、親密な関係の形成と崩壊など、対人間で生じる相互作用に着目した研究が数多く行われている。また、集団内での行動や、複数の集団間で生じる協力や対立に焦点を当てた集団過程の研究も行われている。本稿では、さまざまな対人相互作用の中でも、「他者に相談する」という行為が人に及ぼす影響に注目した研究を取り上げる。 私たちはつらい経験をしたとき、問題の改善に向けて努力したり、その経験によって生じた不快感情を取り除こうと試みる。その過程でよく行われるのが、「相談行動」である。そして、このような相談行動が、相談者の心身の健康状態に及ぼす影響については、自己開示、コーピング、ソーシャルサポートなどの分野でこれまで研究が行われてきた (e.g., Frattaroli, 2006)。 例えば、自己開示やコーピングに関する研究では、悩み相談場面において「相談者」が示す行動と、「相談者」の心身の健康状態の関係が検討されてきた。一方、ソーシャルサポートの研究では、自分が悩みを相談した時に、相談相手はこのように反応した(あるいは反応するだろう)という「相談者」の解釈や期待が測定され、それが「相談者」の心身の健康状態に及ぼす影響が検討されてきた。つまり、これまでに行われてきた研究では、相談行動の効果を最大限に引き出すために、「相談者(サポートを受ける人)」はどのようにふるまうべきかという問題が、相談者の視点からのみ検討されてきたといえる。 しかし、日常場面で生じる相談行動は双方向的なコミュニケーションであり、相談者と同じく相談相手も生身の人間としてその場に存在している。そのため、相談という行為が、相談者だけではなく、「相談相手(サポートを提供する人)」に与える影響についても同時に考慮に入れながら、よりよい相談のあり方を探っていくことが重要だろう。そこで筆者(高比良)は、相談を受けることによって、相談相手に生じる感情および反応のバリエーションと、相談相手が対応困難と感じる相談の内容などを検討する研究を現在進めている(Takahira, 2012)。将来の夢 ここまで、社会心理学が目指している方向性と、実際に行われている研究内容について紹介してきた。最後に、社会心理学の特徴を踏まえながら、本学の心理学専攻におけるこれからの夢について考えてみたい。 唐沢(2012)は、社会心理学が提供する「知」の意義を、①人はどういう存在かという「人間観」の提供と、②社会の中で役立つ「実践知」の提供という2つに整理している。 社会心理学は、研究で得た知を実際の社会問題の解決に役立てようとする②のような方向性を元々強く持っている。そのため、社会心理学が提供する「知」は、私たちの知的好奇心を満足させるとともに、社会の中で生じ心理学

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