GLOCAL Vol.4
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2014 2014 Vol.4Vol.42014 Vol.4大学開学50周年記念号大学開学50周年記念号大学開学50周年記念号17た研究を交えながら、個人内過程に関する研究と、個人間過程に関する研究の実例を紹介する。(1)個人内過程の研究例:透明性の錯覚 個人内過程の場合、「私たちは、社会的刺激(他者、自分、社会など)をどのような形で認識しているのか」という問題が主に扱われている。対人認知や社会的推論、自己認知などに関連する研究が代表例として含まれるが、本稿では、他者に対する推論と現実とのずれに注目した研究を取り上げる。 私たちは、自分以外の人間が考えていることや感じていることを直接的に知ることはできない。しかし、対人コミュニケーションを円滑に運ぶためには、情報の送り手の気持ちを、情報の受け手ができるだけ正確に推測することが重要になってくる。例えば、送り手がまじめな気持ちで話したことを、受け手が冗談として受け取った場合、送り手は気分を害するだろう。そのため、情報の受け手は、コミュニケーションを行っている間、情報の送り手が発する言語的・非言語的情報に気を配り、送り手の気持ちをリアルタイムで推測している。そして、情報の送り手も、受け手が送り手の気持ちを正確に受け取ってくれていると期待している。 しかし、受け手が行う推測は、多くの場合、送り手が期待しているほど正確ではないことが実証研究によって明らかになっている。例えば、Kruger, Epley, Parker, & Ng (2005)は、実験参加者を2人1組にして、送り手役の参加者の気持ちを、受け手役の参加者に推測させる研究を行っている。そして、受け手の正確性についての送り手の期待と、受け手が実際に示した正確性(受け手の正答率)の程度を比較した。その結果、送り手が期待していたほど、送り手の気持ちは受け手に伝わっていない(つまり、送り手は、自分の気持ちが、はじめに 心理学は、科学的な方法を用いて人間のこころの働きをモデル化することを目指す「人間科学」の1つに位置付けることができる。つまり、物理学や生物学など、科学に分類される他の研究分野と同様に、体系的で普遍的な「理論」を発見することが心理学の大きな目標になっている。ただし、研究の対象が、「モノ」ではなく「人間」である点に、心理学という学問の面白さと難しさが存在する。 なお、現在の心理学は、研究的な関心によって領域が細分化されており、本学の心理学専攻でも、認知心理学、知覚心理学、臨床心理学、教育心理学、発達心理学、健康心理学、社会心理学など、さまざまな領域の心理学を学ぶことができる。本稿では、筆者(高比良)の専門領域である「社会心理学(Social Psychology)」について詳しく取り上げる。 「社会心理学とはどのような学問か?」という問いに対しては、“個人の思想、感情、行動が、現実の、想像上の、あるいは暗黙裡の他者の存在によってどのように影響されるかを理解し、説明する学問である”というAllport (1954)の定義が答えとしてよく引用される。また、社会心理学の父と呼ばれるLewin (1951)によって提案された、「個人の行動は、個人と環境の相互作用によって決まる」という考え方も、社会心理学の基本方針を理解する上で核となる。 まとめるなら、社会心理学とは、個人の特性に加え、周囲の環境が個人の行動に及ぼす影響を考慮に入れながら、人間行動の法則性を探求する学問であり、環境の中でも特に、「社会環境(対人環境)」の影響に注目している点に特徴があると言える。 もちろん、個人の行動に影響を与える環境は必ずしも社会環境に限定されるものではなく、自然環境のあり方が私たちの行動を規定することも多い。しかし、私たちを取り囲む社会環境は、個人の心や行動に対して特に大きな影響力を持つと考えられている。例えば、1人で答えるときには難なく正解できる問題であっても、周囲の人がそろって間違った答えをすると、それに合わせて自分も間違った答えを言ってしまう「同調」という現象がよくみられる(Asch, 1955)。このような結果からも、他者の存在が私たちの行動のあり方を大きく規定している様子が伺える。 人は、他の同種の個体と協力して大規模な群れ(社会)を形成し、その中で暮らす「社会的動物」である。社会の中で生きることは人にとって本質的な問題であり、社会を構成している同種の個体(他者)のことを常に意識せざるを得ない。そのため、社会環境の中で私たちがどのように感じ、どのように考え、どのように行動するのかを理論化することは、重要な課題だと言える。心理学専攻での 社会心理学研究の現在 社会心理学は、「社会的動物としての人間のふるまい」に注目しているため、社会の中で生じる行動は、すべて社会心理学の研究範囲に含まれる。そのため、社会心理学の研究テーマは必然的に多様なものになりうるが、大きく分ければ、「個人内過程」に関する研究と、「個人間過程」に関する研究に大別できる。前者は、私たちが自分をとりまく社会環境をどのように理解しているかという個人の認識の問題を扱っており、後者は、私たちが自分を取りまく社会環境からどのような影響を受けているかという影響過程の問題を扱っている(Taylor, 1998)。そこで以下では、筆者(高比良)がこれまでに行ってき社会心理学研究の現在と将来の夢2心理学国際人間学研究科 心理学専攻准教授高比良美詠子(TAKAHIRA Mieko)お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程単位取得退学。専門は社会心理学。博士(人文科学)(お茶の水女子大学)。近著は『社会心理学』(共著)(印刷中、 放送大学教育振興会)。

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