GLOCAL Vol.3
14/20

12えたこともなかった」と回答し、「騙されるかもしれないと思っていた」人は2%にすぎなかった。振り込め詐欺の話を聞いても、大半の人が自分には関係ないと感じ、必要な注意を怠ることの背景には、自分の力を現実より過大評価するこのような心の法則が影響していると考えられる。心の法則からみた詐欺への対抗策 以上で紹介した3つの心の法則は、いずれも、社会の中で適応的に生きていくために必要な心のしくみである。振り込め詐欺への対抗策を考える際の難しさは、私たちが社会に適応していくために必要とされる心のしくみが、そのまま私たちを騙すときにも利用されてしまう点にあり、その意味で、被害を完全に防ぐことは難しい。 しかし、犯人が狙ってくる心の法則を理解することで、より効果的な対抗策を立てることは可能であろう。たとえば、私たちが「自動判断ルート」を使いやすいことを利用した騙しの手口については、何かおかしいと感じたら即断せず、熟慮判断ルートに切り替えるくせをつけることである程度防御できる。「社会的動物」であることを利用した騙しの手口については、信用できる相談先をあらかじめ考えておき、重要な判断を行う前に必ず意見を求めることが対抗策になる。「自己中心性バイアス」があることを利用した騙しの手口については、騙されるのは特別な人ではないことをよく認識し、日頃から用心を怠らないことが対抗策になる。 なお、本稿で挙げた以外にも、騙しに利用される心の法則は多数存在する。心理学を学ぶことで、人が持つ心の法則と現実の社会問題との関係を読み解き、社会の中で適応的に生きる上でのヒントを探る試みは、今後も継続して行っていく必要があるだろう。付記本稿は、2013年7月に文化フォーラム春日井で行われた、中部大学国際人間学研究科主催・春日井市後援のシンポジウム「ことばと心理」での報告を元に構成されたものである。れは、心に余裕がなくなると熟慮判断ルートをうまく作動できないという私たちの「心の法則」を利用した騙しの手口である。 また、リアリティのある手掛かり情報を被害者に与えることで、自動判断ルートが「本当にあった話だ」と判断するようにミスリードする。たとえば、息子役の犯人が「電車の中で鞄をなくして、その中に会社のお金が入っていた」と被害者に電話をかけ、その後、駅員役、会社の上司役の犯人が次々に電話をかけるなど、被害者がこれまでの知識や体験と照らし合わせたときに、本当らしく思えるようなシナリオを用意する。犯人が名簿などから被害者の個人情報を手に入れていれば、より信憑性の高いシナリオを作成することができる。また、電話の声が息子のものとは異なるなど、明らかにおかしな点があった場合も、「風邪をひいて声が変なんだ」などとあらかじめ理由の説明があると、被害者の注意が電話の声に向きにくくなる。このように、熟慮判断ルートを封じ、自動判断ルートを都合のよい方向に誘導する騙しのテクニックを駆使することで、被害者に犯人が作ったシナリオを信じ込ませることが可能になる。(2)社会的動物 騙しに利用される心の法則の2つ目は「社会的動物」である。ヒトという動物は、自分や血縁者の生存確率を高めるために、他者と協力して大規模な社会(群れ)を作って暮らすという方向に進化してきた。そして、社会からの排斥は自らの生存の危機につながるため、人は他者からの排斥を嫌う心の法則を身につけるようになった。また、社会からの排斥を防ぐために、悪い評判が立たないように配慮しながら行動するようになった。 そこで、オレオレ詐欺ではこの心の法則を利用し、「会社をクビになりそう」「訴訟を起こすと言われている」など、お金を用意しなければ家族全体の評判が落ち、社会から排斥されることを暗示するシナリオを用意する。その結果、被害者は、家族の不名誉が外部に漏れないようにこの問題を秘密裏に解決しなければならないと感じる。そして誰にも相談することなく、犯人に大金を渡してしまうことが起こりうる。(3)自己中心性バイアス 騙しに利用される心の法則の3つ目は「自己中心性バイアス」である。これは、人が、客観的事実が示す以上に、「自分の判断は正確で、物事を自分の力で左右でき、事故や事件に巻き込まれる確率は低い」と楽観的に考えがちな傾向を指す。 なお、このように自分のことだけを特別視する「自己中心性バイアス」は、私たちの社会適応を促す働きを持っている。具体的には、自分の能力や将来に対して明るい見通しを持つことで心身の健康が保たれ、社会の中で他の人と積極的に関わる気持ちになり、困難にぶつかったときも簡単にあきらめにくくなることが明らかになっている。 しかしその一方で、自己中心性バイアスという心の法則を持っていることが、判断ミスを引き起こす場合もある。警視庁が詐欺の被害に遭った被害者を対象に行った2012年の調査では、回答者の92%が、詐欺被害について「自分は大丈夫だと思っていた」「考表1 警察庁による振り込め詐欺の種類とその内容オレオレ詐欺親族を装うなどして電話をかけ、会社における横領金の補填金等の様々な名目で現金が至急必要であるかのように信じ込ませ、動転した被害者に、指定した預貯金口座に現金を振り込ませる詐欺架空請求詐欺架空の事実を口実に金品を請求する文書を送付して、指定した預金口座に現金を振り込ませる詐欺融資保証金詐欺融資を受けるための保証金の名目で、指定した預貯金口座に現金を振り込ませる詐欺還付金等詐欺市区町村の職員等を装い、医療費の還付等に必要な手続を装って現金自動預払機(ATM)を操作させて口座間送金により振り込ませる詐欺

元のページ  ../index.html#14

このブックを見る